83.シオリさんと与太話
ミヤコがアルバイトをするという話は、ツカサかユカリに相談することで決まった。
それから二人はしばらく、中学を転校するとしての簡単な授業の説明や、他愛もない話をした。
ミヤコの学校での成績はどちらかと言わずとも良い方だったので、授業に追いつくのは問題が無さそうだった。
ただ流石に地方の歴史についてはあまり知らないと言うので、ではちょっとした与太話をしてあげましょうと、シオリは面白半分の話を聞かせた。
「一国一城って言葉聞いたことある? 江戸時代にできた法令で、一つの領地に一つの城って取り決めね。でも熊本だけは例外で二つの城が許されてたの。江戸時代熊本……肥後には今で言う鹿児島の島津を牽制するために、一つの国に二つの城を作ったって言われてる。けど、実際は一つは国を治めるため、一つは肥後から異界の侵入を防ぐためだったという説もあるの」
「何その……なんていうか、裏歴史みたいな話」
シオリはくすくすと笑って続ける。
「そしてさらに実は城とは別に、三つ目の肥後の支配者一族がいた。その支配者一族は尾張の国、転じて『終の国』って呼ばれている地方から加藤清正と共に肥後に入り、肥後を『庇護』の国とするべく地に根を張り国難を支えてきたという……それが黒江家なんですって」
「えー……」
「信じてないでしょ?」
「流石に」
「まあそうよね」
あまりにも史実として伝わっている事と内容が違いすぎるとミヤコは思ったが、しかしここ熊本に来て数日、確かにそれまでミヤコが住んでいた場所よりも、ここはもっとずっと異界の影響を受けているのだと感じることが多かった。
そして、食事量を見るに黒江家の人間が異能の持ち主ばかりである事も考えると、あながちシオリの言っていることは嘘ではないのではと思えてきてしまった。
口に手を当てて考え込むミヤコに、シオリは話し半分で聞いていいよと言う。
「私も実はどこまでが本当でどこからが作り話か分かんないなって思ってたし」
そう否定しておきながら、シオリはふっと声を低くし、ミヤコに言い聞かせるように続けた。
「ああ、でもね……この辺りな主要な施設って、どこかしらに黒江が噛んでたりするのよね……」
「主要な施設って?」
曖昧な表現にミヤコが首をかしげると、シオリは少しだけ躊躇った後に続けた。
「私の実の父親が黒江の分家のさらに分家の筋にあたる人だったらしいんだけど……その父の家は医療関係者を多く輩出する家で、今も三毛氏病院っていう大きな総合病院を経営してたりするのよ。その総合病院と同じところが運営してるメディカルセンターっていうリハビリ施設とか、健康管理のためのトレーニングジムとか、あ、それと系列の医薬品会社とか、あと、市民病院とかの医院長とか偉い人にもすごく多いんだ、三毛氏の人。それとその三毛氏の病院が最初に始めたのが、異能を持った子供、異界の影響の大きい子供を匿名で引き受ける、孤児院だった……まあ、院長をやってた橘さんって人は、事故で亡くなってしまったから、もうその孤児院は無いんだけど……すごくいい人だったんだって、橘さん」
シオリは遠い目をして、橘を偲ぶように目を閉じる。
「へえ……」
三毛氏とはまさにシオリの髪の色だとミヤコは思ったが、シオリは自分の髪は魔女の証だと言う。
父親についてはあまり詳しく話す気は無さそうなので、ミヤコはあえて追及はしない。
「まあ父親は私が生まれる前に死んでるから、三毛氏なんて家は私には関係ないんだけどね」
追求しないで正解だったと、内心胸をなでおろすミヤコ。
シオリの家もなかなかにハードな事情があるようだった。
「シオリさん、あのさ、何か、無理に話たくないことは話さなくていいよ?」
説明しようとしてくれてるのは有難いけど、それよりもシオリさんの気持ちの方が大事と、ミヤコはシオリとじいっと見つめて言う。
気遣ってくれていると分かるミヤコのその言葉と態度に、シオリは大きくため息を吐いた。
「ミヤコ君ってそういうところあるよね」
「そういうところ?」
「自分だって身内が大変なのに、そうやって優しくするとか、懐が広すぎる」
言ってシオリは無表情のままミヤコの頭をなでた。
「そんなことないと思うけど」
またシオリの手を掴んでテーブルの上へと退けるミヤコ。
「何で撫でるの?」
「可愛いからだよ」
ふふっと笑って言えば、ミヤコはそんなことないと首を振る。
「シオリさんの方が可愛いよ」
真顔で言いきるミヤコに、シオリは思わず顔を覆った。
「……ミヤコ君ってさあ」
橘さん、実はこの時異世界でひっそり生きてる。
本日の更新はここまで。
明日以降も一日一回以上の更新を目指します。
サトルさんや橘さんがどんな人か知りたい方は、良ければ「コウジマチサトルのダンジョン生活」を読んでいただけたらと思います。