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7.ツカサの異能

「おー、凄いね、迫力だ」


 ユカリはタブレットを見ながら歓声を上げる。どうやら中継が繋がっているらしい。

 ミヤコは動画が気になり、後ろに立つユカリへと振り返った。

 ユカリはすぐに意図を察してタブレットを二人で覗き込めるようにミヤコの隣へ移動すると、ミヤコの横にしゃがんでくれた。


「……あ、刀?」


 動画には少し離れたビルの内部から、暴走していた巨大馬と、それに向かって駆けだすマコトの姿。

 マコトの手には飾り気がない黒い鞘の刀が握られていた。


「うん、異界生物で危険度が高いやつ相手にする時は使用許可が出るんだよね。猟銃じゃ無理そうな時に使うやつ」


 ユカリの補足にミヤコは驚きタブレットを指さす。


「猟銃使うんですか? マコトさんが?」


「ううん、マコトは使わないよ。使うのは別の人。東京とかだと許可も降りやすいし頻繁に使うところもあるみたいだけど、市街地だと使用許可下りないからねえ、うちはもっぱら特殊古武器。あ、でもうちの社員にものすごく射撃上手い子いるよー。その内紹介したいなあ」


「特殊古武器? って何なんですか?」


 また聞きなれない言葉が出てきたと、ミヤコはユカリに訊ねる。

 ユカリはどう説明するべきかと、自分の脳みその内側を探る様に上を向く。


「魔法って知ってる? 異界の技術とは違うやつ。大昔に存在してたっていう世界の真理を曲げる力。それを使って再現した大昔の武器」


 魔法という言葉をミヤコは胡乱に思う。

 たしかに平安だかそれ位の時期には日本にも魔法に分類される、力を使う法則やら技術があったと社会科で学んだが、そんな物はとうの昔に世界から消え失せているのだ。

 だというのに、それをあたかも今現代でも存在しているかのように言うユカリの言葉は、何と言えばいいのか良からぬオカルトに傾倒している者のように感じた。


 ミヤコの明らかにうさん臭い物を見る視線を受け、ユカリは仕方ないかと笑う。

 たしかに昔は存在していた法則かも知れないが、現代においての魔法などと言う物は、物語の中の存在でしかない。


「分かんないよね。まあなんかすごい魔法の武器って考えて。あれだと異界の生物に十分にダメージ与えられるんだけど……普通の人間が使うと、単純にパワーもスピードも劣る人間が押し負けるだけなんだよね。使うのは異能持ちの人限定。マコトちゃんはねえ、実践に関してはたぶんミヤコ君の異能よりもすごいよ?」


 魔法という物を信じなくてもいいけど、とユカリはへらへらと笑ってタブレットの画面をミヤコに示す。

 もんどりうって立ち上がろうとする馬の巨体。巨体が跳ねるたびに蹄がアスファルトを打ち、表面がはじけ飛ぶ。うっかり蹄が掠めただけでも落石にあったような被害を受けそうだ。

 そんな足を狙って、マコトは居合一閃。大人の一抱えよりも太い馬の足首から先がゴトリと落ちた。

 マコトは足先を切り落としただけで、すぐに馬に背を向け距離を取る。

 ヒットアンドアウェイというやつだろうが、その判断があまりにも素早い。


 足先一つ。だがそれだけで馬にとっては立ち上がる事が出来なくなる、致命的な一太刀だった。

 一瞬過ぎる出来事にミヤコはポカンと見入ってしまう。


「何であんなに大きいのに」


 完全に切り落とされた足先に、痛みか恐怖か、巨大馬が音割れするほどの轟音で嘶く。

 落とされた足首の先からドバドバと噴き出す真っ黒な血のような何か。どうやらこの巨大馬は体だけでなく体液迄黒いらしい。


赤くない分幾分かグロさは抑えられていたが、馬がもがき暴れる毎に噴き出す真っ黒な血はミヤコにとっては相当衝撃的な光景だった。


「お、あー、そういう殺傷許可というか命令が出ちゃったんだ」


 そんな光景を見て、ユカリが寂しげにつぶやく。


「どういうことですか?」


「足止めじゃなくて、殺処分しなきゃいけないって事。たぶんすでに物以外に被害者がでちゃったんだ……。だからね、生物であるなら馬にとっては致命的になる、横倒しのまま起き上がれない状態にしてもいいし、何だったら失血で弱って死んでしまってもいいっていう処置なの。これが馬の形をしているだけの、生物じゃない何かだった場合はこのまま様子見しつつ、ツカサちゃんが到着するの待つんだけどね……どうやら馬はちゃんと生物だったみたい」


 人的被害が出るか否かで、あの馬の生死が分かれる。ユカリの説明にミヤコは僅かに眉をしかめる。

 自らの意志で来たかったわけでもないだろうに、こんな見知らぬ場所に突然来てしまい、命を落とす。それは理不尽なことのように思えた。


 ユカリは画面上の馬の様子から、この巨大な馬は一般的な馬同様に足先を失ってしまえば死につながると言う。


 ふと、ミヤコは以前図鑑で見た動物の生態についての本を思い出す。ヘラジカという世界最大のシカは一トンを超える個体もあり、米国では繁殖期のオスの執拗なまでの攻撃性から、勇猛の代名詞のように扱われたこともあると書いてあった。

 車とヘラジカが事故を起こした場合、運転席は潰れて人が助かる事は少ない。だから国によっては車の運転性能の一つに、ヘラジカを避けられるという基準があるほど。

 ヒグマをも殺せるヘラジカは人を殺せる猛獣だった。だから人を襲っている場合、人命が優先され、駆除されることもあったのだと。

 きっとこの画面越しに映る馬もまた、そういう扱いなのだろう。


「出てなかったらどうなってたんですか?」


「できる限りは生かして捕まえる予定だったはずだよ。こういう異界の生物は情報有ればあるほど有難いからね。次に同じ生物が来ちゃったときに対処しやすくなるしさ」


 生物の扱いとしては妥当だろうとミヤコは納得する。

 やはり図書室の本の知識だったが、興奮した巨体の野生動物であれば、そうそう麻酔で眠らせる余裕などない。麻酔が功を奏するのはサバンナのような薬が効くまでの時間逃げ回っても追跡できる平地に限る。それでもブッシュに逃げ込まれたら捕獲を失敗するというのだから、麻酔の不安定さは人が思う以上にままならない物だ。

 日本でも逃げ出した動物に使った結果、逃げ込んだ池で溺死した事故などもあった。麻酔を使わねばならない理由が無いのなら、使わずに処分してしまうのが得策なのだろう。

 すでに人命が侵害されてしまっている以上野放しで生かしておけない。これは既存の猛獣だって同じだ。


 死なせてしまうのは仕方ない事。そう苦く思ってミヤコがタブレットの画面に視線を戻すと、画面の中の馬の周囲に、黒い靄が立ち上っていた


「あ……あれ、ツカサさんの?」


 ユカリが少し嬉しそうに頷く。


「うん、ツカサちゃんの影……この世界に置いて異界の存在を完全に補足して捕縛できる、対異界のチート能力だよ」


 ユカリが卑怯と言い切るほどのその能力はすぐに分かった。


 立ち上っていた黒い靄がまるで火事の現場であるかのように画面中を覆いつくしたと思ったら、一瞬で馬の足へと収束していく。

 切り落とされたはずの足先が艶のない黒で再構成され、そこから伸びた黒い繊維状の何かが馬の身体を這い上がり締め上げていく。

 馬は巨大な体を跳ねさせ逃れようとするが、黒い繊維は一切スピードを緩めないまま馬の全身を覆った。


 同じ黒でも馬の身体は光を反射する艶やかさがあったというのに、ツカサの使う異能の黒はまるで光を反射しない塗料のように真っ黒。

 まるで違う馬になってしまったかのようだ。


 やがて馬は暴れるのをやめると、まるで最初からそうであったかのように、大人しく身を起こし、足を折ってその場に座り込んだ。


「……対、異界……ですか」


 まるで生きている時と同じように動いてはいても、馬はもう呼吸をしていなかった。

 締め上げられ、死んでしまったのだろうとミヤコには思えた。

 そうして動かなくなった馬を、ツカサの異能が外側から動かしているのが今なのだろう。


 これで馬の大捕り物は終わりらしく、画面の向こうから「事態収束しました」と報告の声が聞こえた。

 ツカサの黒い触手は僅か一分ほどで象ほどの巨体を締め上げ息の根を止めていた。


 本当にチート能力だ。言葉にせずミヤコはツカサの能力に感嘆する。

 だが先にマコトが現場で足止めをしなければ使えなかったことを見るに、その能力にはいくばくかの制限があるのだろう事が察せられた。


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