75.誰ぞ彼
「はあ、そろそろ帰らなきゃあなあ」
残っていたソーセージを食べきり、ビールを飲み干し、ツツジは自分のスマホ画面を見てため息を吐く。
出店で買ったソーセージ。わざわざ育てたブタの写真を前面に押し出して販売するほどの自信作だったのだろうそれは、祭りの気分という相乗効果もあって、とてつもなく美味しかった。
もう一本買うか、止めておくか、もしくはブタ串焼きを買うか、ツツジはチラチラと公園入口傍の出店に視線を送る。
今もその出店からはブタ串を焼く炭火のもうもうとした煙と、食欲をそそる香りが流れ出ている。
「持ち帰りしようか兄さん」
「うん」
ツバキの提案に一も二も無く頷くツツジ。
よほど豚肉が美味しかったのか、家に帰ったら白米と一緒に食べるんだ、と嬉しそう。
目の前に置かれた十数本の串を見ながら、ミヤコは凄いなあと他人事のように思う。
時間は七時を過ぎていた。
今日はミクを連れているのだから、あまり遅くなってはいけないとコハナに言われているのだ。
「じゃあ私は買ってくるから、兄さん達はゴミの片づけね」
お財布とエコバッグを持ってツバキはブタ串を売っている出店へ。
「うん、仕方ない。もうちょっとこののんびり楽しい気分を味わいたいけど、ミクちゃんの方が大事だしね、ゴミ片付けて帰ろうか」
ツツジの言葉に、ミヤコたちは分かったと頷き、テーブルに残してあった出店で買った料理を残らぬように食べてしまうと、ビニール袋に全てのゴミをまとめていく。
お祭りのゴミの分別はしっかりと掲示されており、瓶、缶、ペットボトルでない、ビニール、紙、木製品はすべて可燃ごみに入れていいのだ。
ゴミ集積用のテントでは、子供たちが若いボランティアスタッフにゴミの分別を教わっている。
地域密着のお祭りならではのほのぼのとした光景。
「ご馳走様でした」
作ってくれた人、食材、そして料理を楽しめる今に、ミヤコは感謝をしてお祭り見物を終えた。
いざ帰路に付こうと立ち上がり、ミヤコは空を見上げる。
七時を過ぎているのにまだ青い。
「まだ……明るい」
よく見れば大通り側、西の方は僅かに黄色味がかっているが、夕方というにもまだ早い時間のように見えた。
「七月はねえ、八時近くまで明るいよ」
西日本だから日が沈む時間はだいぶん遅いんだとツツジは言う。
明るさにほっと息を吐くミヤコ。
暗くても辺りを見ることはできる。でも暗いと人がいない世界は、酷く寂しい。
暗くなって、明かりも何もないコンテナハウスに帰って、外付けの水道で体を洗って寝る。
生きるために必要なルーティーン。暗い時間は何時もそうだった。
公園を出ると、流石に真昼間よりは建物の影が深く濃く感じられた。
太陽の光が弱く、ゆっくりと夜が迫ってくるのを感じる。
川沿いの道は、やはりパラパラと帰り始める人たちの流れが出来ていた。
ふるりとみ振るわせるミヤコに、ツツジが顔を覗き込んで問う。
「もしかしてミヤコ君、暗いの嫌い?」
「……少し」
薄暗く、道行く人の顔が見えなく来の時間帯、そんな時に他人に遭遇すると、だいたいがミヤコに対して汚い物を見る目をするか、憐れな者を見る目をする。
ミヤコを見ている者たちは自分がそんな顔をしてる気は無いのかもしれないが、ミヤコには見えてしまっていた。
そこにあるのは他人事の忌避と憐れみ。ミヤコは嫌だった。
黄昏時の語源は、誰ぞ彼と人に問う言葉だともいう。
どうせなら自分も、相手の顔など見えていなければ気にせずにいられたのに。
怖いと言うか、苦手というか、そう言いかけた時だった、今時滅多に聞かない犬の遠吠えのような音が聞こえた。
本日の投稿はこれだけ。
明日も一日一回以上の投稿を目指します。
豚肉美味いよ。