74.興味がある人、ない人
少しして新たに音楽が流れる。
テテンテンテテンテテンテンテテンテテンテンテテンテテンテンテテンテーテテーテーテーテー
どうやらトークタイムの合図の音楽らしく、軽い雑談をし、加藤清正が自分縁の場所での夏の祭りを紹介する。
本妙寺の頓写会、加藤神社の夜市、熊本城城下城彩苑での夜間の催しなどを紹介し、その流れで熊本城に行ったことの無い者は挙手するように言われ、ミヤコは躊躇いなく右手を掲げた。
それに倣うようにツツジたちも手を上げる。
しかしそれを二人の武将は笑って「いやあの辺りは嘘をついておるな。よく熊本城で見かける」と笑う。
上がる笑い声。ツツジたちも笑っている。
観客弄りもこなせるオールラウンダー武将だ。
確かに、ツツジは背後から甲冑の音がすると怖いと言っていたのだから、それほど近くにいたことがあるのだろう。
それにツツジの鮮やかなピアニーピンクの髪色は、絶対に目立つから。
「ツツジさん嘘は駄目だ」
ミヤコがぽつりと溢すと、ツツジはうふふと、ちょっとツカサと似た笑い方で誤魔化した。
演舞は二本目が始まった。
小気味の良い合いの手と会場中から響く手拍子、空手や歌舞伎を思わせる大見栄の構えで舞い踊っていたかと思えば二人の武将は突然に間合いを取り、抜いた刀と槍の刃を合わせた。
すわ決闘かと思えば数合打ち合わせ刃を交わして互いの横を走り抜けた。
まるでそれが何かの儀礼だったかのように、その後はそれぞれに刀と槍を振りはじめた。
やがて演舞は刀と槍を振るう舞に戻り、そして終了した。
またも軽やかなフリートークの時の音楽が流れたと思ったら、視界の男性のありがとうございましたという言葉。
ミヤコは武将の出番がこれで終わったのだと知った。
ミヤコははっと息を飲む。
武将が演舞を終えたステージの向こうの景色が、最初に見た物と変わっていた。
ジェーンズ邸に走っていた異界の気配がする罅が、ほとんど消えていたのだ。
まだ少しばかりの靄はあれど、ミヤコでも見ようとしなければ見えないほどの些細な物。
確かに武将の演舞の直前までは有ったと言うのに。
ミヤコは愕然とした。
武将の演舞とはただのパフォーマンスでは無かった。彼は一体何をしたと言うのだろうか。
呆然とジェーンズ邸を見やるミヤコの耳に、ちょっと妙な会話が聞こえて来た。
「ビゼンってどこ?」
問うのはアセビ。
なぜ今備前なのだろうとミヤコは首をかしげる。
ツバキとツツジが適当に答える。
「どこだっけ?」
「まああれだ、熊本城おもてなし武将隊は、熊本と周辺県の武将で結成されてるから、多分九州のどっかだよ」
九州内には備前は無いのにと、ミヤコはもう一度首をかしげる。
今日このステージに立っていたのは肥前国の大村善前と、肥後国の加藤清正だ。そこまで考えて、響きすぎるマイクの音響では、普通の人たちは聞き間違えるのだとミヤコは気が付く。
「……ビゼンじゃなくて、肥前、だと思います。長崎の、キリシタン追放した人」
聞き間違いだったとツツジも今気が付いたらしい。
「あれ? そうなの? あ、そうか、肥前と肥後だね」
「ふーん黒い着物は誰だっけ?」
アセビはとことん武将に興味が無かったらしく、加藤清正すら知らないという。
「加藤清正、流石にそれくらいは知っておこうかアセビ」
ツツジが呆れるとアセビは煩いなと手を振ってツツジを追い払おうとする。
それよりは自分が立って移動すればいいのだろうに、アセビはすっかりふてくされて動く気はないようだった。
ミヤコは自分が知ってる限りのことを説明する。
「熊本城初代城主加藤清正、治水と会計が得意なお殿様……虎退治してたり、槍使いの名人だったり、豊臣秀吉の小姓してたりした人」
流石にツツジほど詳しく持ち物だったりの講釈はできなかったが、ミヤコはシオリに熊本縁の有名人だし、熊本は色んな所に加藤清正公の銅像とかキャラクター化した絵があるんだよと教えてもらっていた。ちょっとした蘊蓄もその時のものだ。
「へー」
熊本に来てまだ一週間の自分よりも知らないって、よほど地元に興味が無いんだろうなあと、ミヤコはアセビを見やる。
「すっごいね、無表情なのに呆れられてるってのが分かるよ」
「流石にちょっと恥ずかしい気がしてきた」
ミヤコの冷めた視線に、ツツジとアセビは苦く笑いながら出店で買った、温くなってしまったビールを飲んだ。
本日の更新はここまで。