70.お祭りには浴衣だよ
お祭りには浴衣だよ! とはしゃいだツツジだったが、その意見をすぐに取り入れてくれたのはツバキと、ツバキが着付けをしたミクだけだった。
サツキは仕事が終わる時間のせいで不参加だ。
アセビは午後二時くらいから着替えろ着替えろとせっつくツツジを、心底嫌そうに掌で押し返す。
「ちゃんとアセビのも用意してあるのに。ミヤコ君のもさ、僕らが子供の時の浴衣とか甚兵衛とか使えるのになあ」
「何で用意してあるんだよ」
リビングのローテーブルの上に何枚も置かれたたとう紙の中には、ツツジの私物だと言う男性物の着物や、ツツジたちが子供の頃に着ていたという甚平が包まれている。
ツツジはどうしてもアセビに浴衣を着せたいらしく、一生懸命にプレゼンする。
「僕の身長じゃちょっと小さいけど気に入った柄の浴衣があったから買ったんだけどね、絶対にアセビに似合うと思うんだよ」
「何色?」
「臙脂に黄色いホタル柄」
「却下。藍色だったらまだしも臙脂は却下」
臙脂色の男性物浴衣はあまり見ない。
既製品の男性物と言ったら青系統やモノトーンが多い。理由としては日本人の黄色味を帯びた肌の色や、夏の日焼けしたテラコッタ色、カラフルな髪色と合わせるよりも、夜間の景色に合わせた方が無難に見えるからだ。
臙脂にホタルというなかなかの冒険をした浴衣を、アセビは断固と拒否する。
「髪色考えろ、俺には似合わないだろ」
「似合うと思うけど?」
たとう紙から出した臙脂の浴衣をアセビにあてがうツツジ。
色味が少ないので意外と臙脂も似合わなくはない。
「……似合う」
ちょっと格好良いと思ってミヤコが呟けば、アセビの頬が赤く上気する。
「ほら似合うって!」
「似合うって!」
ツツジが押せばそれに釣られるようにミクも似合うと両の手を上げて賛成する。
そうしてアセビは陥落した。
アセビの次はミヤコだと、ツツジは甚平の包まれたたとう紙を手に取る。が、すぐにそれを置き直して、横に置いてあった丁寧にたたまれたお古の甚平を手にした。
「で、ミヤコ君にはサツキのお下がりだけど、どう?」
ツツジが広げて掲げた甚平に、ミヤコはほっと息を吐く。
藍色の生地に灰色の縦じまがランダムに入った、無難な雰囲気の甚平だ。
「新品の服は苦手なんだよね?」
「はい、えっと、すみません」
一緒に買い物に行った時にツツジがミヤコから聞き出したことだった。
新品の服を与えてもらったことが無かったから、匂いや肌触りが苦手。だから新しい服を買ってもらわなくてもいいと、ツツジが服を買おうとしたのを強く拒否したのだ。
全員が着付けが終わると、まだ少し時間があるからと、浴衣で庭を歩くことにした。
黒江家の庭はそれなりに広く、日本庭園というにはカジュアルな造りの庭園だったので、和風の公園のようだった。
庭を歩くのに履いたのはつっかけで、下駄の方が雰囲気あったよねとツツジが言う。
「ごめんね、流石に昔の下駄は流石に残して無かったから」
「スニーカーでいいだろ」
どうせ外を歩くときは履きなれた奴の方がいいとアセビが言う。
「うん、そうだね、そこまでは拘らないでもいいか」
ツバキも普段の靴に賛成のようだ。
少しだけツツジが寂し気に肩を落とす。
ツツジとミクだけは、きっちり足下も浴衣用の踵の低い下駄だった。
ミクは白地にピンクや淡い黄色の花が流水紋とともに流れ落ち、その流れの先には貝合わせの貝や五色の糸を使った毬が描かれたもので、ミヤコはそれを見たとたひゅっと息を飲んだ。
「ミクちゃんは可愛いねえ。お姫様だ」
「お姫様」
「うふふー」
「うふふー」
二人は仲良く笑っているが、その浴衣がただの浴衣であるはずは無いとミヤコは思った。
だって何かその浴衣、魔法っぽい気配がビンビンしてる。
男性でもピンクの浴衣でも花柄の着物でも着ればいい。
女性でもデニムの浴衣でも合皮の着物でも着ればいい。
足下だってブーツでもピンヒールでもいい。
男女問わず着物とスカート合わせるのは有りだと思ってる。
あ、でもTPOは守る方が安全だと思う。