68.夏の楽しみのご提案
それから以降はつつがなく、クロスノックス社内を見て回れた。
やはり二日ですべてを回れるわけでは無かったが、それでもミヤコの異能で知覚できる範囲は分かったと、ツカサはクロスノックスの社内巡りを終了とした。
熊に懐かれてしまったこともツカサの判断の理由の一つだっただろう。
明日からは自由にしていいよと言われるも、ミヤコはまだ自分がこの地で何をすべきかはっきりわかってはいないので、少し困っていた。
祖父母探しについては、時々思い出したことをツカサやユカリに話しているので、ほぼ住んでいる地域は特定できているとツカサは言っていた。
どうやら昔祖父母の家で食べた「妙に柔らかくてぷにゅぷにゅした、独特の匂いのする、竹の皮に包まれたお餅」や、祖父の昔語りの「昔は電気も無い、道も無い山中で暮らしていたが祖父の父が自力で道路を引いた」というのがかなり地域が限定される郷土料理や、九州の無灯火地域の時代での変遷で分かるものだったらしい。
それと太田黒という母方の姓。これでかなり絞り込まれているので、一週間もすれば探し人は見つかるよとのことだった。
祖父母が見つかるとミヤコの保護責任者の件や、転校がしやすくなるらしい。
夏休みいっぱい使って探すつもりだったのが、まだ一週間程度で目途が立ってしまった。
困るミヤコに、シオリは「だったらこっちでの夏満喫できるように、すぐに参加できそうなめぼしいお祭り教えるよ」と提案した。
「めぼしいお祭り?」
「そう、夏祭りってやつがあるんだよ。八月に入ると特に増えるんだけど、繁華街とかではお祭りが次々行われるし、熊本城の下にある商業施設では土曜日に夜市もあってるの。あと時々イベントに熊のゆるキャラが出没するんだけど……ミヤコ君ゆるキャラってあんまり見ないか」
「うん、えっと、興味はあまり、無いかも」
夏祭り自体はミヤコも知っているが、そういった物に参加したことはなかった。
一昨年から夏祭りがある日は最近は叔父の息子が行きたがり、叔父一家が出かける事もあり、叔父たちが夜間でかける時にコンテナハウスにいないと、後でかなりひどく怒られたのを思い出す。
「でも、お祭りは見るだけはしたい、かな。教えて欲しい」
ミヤコ自身はお祭りには行かなかった。それでも、夜間に灯るいつもと違う光や、遠くから聞こえる笑い声や音楽は、嫌いでは無かった。
「ああ、一番近い日のはたぶん明日の夕方からある水前寺夏祭りかな。規模はそんなに大きくはないし、有名人が来るってわけでもないんだけど、地元の武将が来るんだよ」
ミヤコの耳に聞きなれないフレーズが飛び込んできた。
「ブショウ?」
「そう、戦国武将」
夏祭りには戦国部武将が出陣するのが当たり前、そう言わんばかりのシオリの態度に、ミヤコは酷く困惑する。
「ああ武将いいよね、格好良いと思う」
何故かツカサもシオリの言葉に同意する。
一体何が行われるのか、ミヤコはゴクリと唾を飲んだ。
そして黒江家へ帰ると、ミヤコはツツジへと相談をした。
食後になり、くつろぐ時間にミヤコは意を決してツツジへと話しかける。
「あの、実は夏祭り、行きたいんです……」
ツツジの目が大きく見開かれる。
「どうすれば」
水前寺夏祭りの会場まで行けますか? そうミヤコは尋ねたかった。
しかしツツジはミヤコが言い切る前に、食い気味に返す。
「分かったよ! 僕が連れ行ってあげるね。どこに行こうか? 近場がいい? それともちょっと有名な観光地? 今からだと何処が……すぐにある有名なお祭りって言えば、やっぱりおてもやん総踊りかな。火の国祭って言って、八月になると一気に熊本中で祭を連鎖的に行うんだ。その一番最初のハイライトがおてもやん総踊り。確か今年は名古屋からも武将さんが来るんだよね。加藤清正公くるといいなあ。あ、他にも山鹿灯篭祭りとかだったら知ってる? それと宇都の地蔵祭も出店多くて結構楽しいよ。長々と歩くんだけど、道の途中途中にあるお地蔵さまにお賽銭あげたりしてね、何というか雰囲気のあるいいお祭りなんだ。ゆるキャラのゆきながしゃんって着ぐるみをミクちゃんが気に入ってて」
またも武将と聞いてミヤコはびっくりする。やはり熊本の祭りには武将が付き物らしい。しかも他の件にも武将はいると言う。
ツカサやユカリの弟なだけあるなと思わせるマシンガントークに押されながらも、ミヤコはおずおずと目的の祭りはそれじゃないと言う。
「ちが、あの、近くの、明日」
ミヤコの断片的な訴えに、サツキがああ、あれかと救いの手を差し伸べる。
「水前寺夏祭りだろ?」
ミヤコはサツキに向かってこくこくと頷く。
ツツジは自分が列挙した祭じゃなかったのかとしょんぼり肩を落とす。
しかしこの家では水前寺夏祭りについては特に話したことはなかったなと、サツキはその情報をどこで知ったのかミヤコに問う。
「興味あるなら連れてくけど、どっか公告張ってあったのか?」
「いえ、シオリさんが教えてくれて……だから」
シオリが行くかどうかは聞いていなかったが、せっかくだから楽しめと言われたのだし、武将というのが気になったのだ。
しかしまたもミヤコが言い切る前に、ツツジがはしゃいだ声でミヤコの言葉を遮った。
「ああ、シオリさんか。うん、じゃあ僕お邪魔虫だ」
ツツジの言葉に思わずと言ったように、サツキが強めの肘鉄をツツジに食らわせる。
ツツジは身を折り悶絶した。
「あ、ちがくて、その」
ツツジのからかうような言葉に、とっさにミヤコは返す。
「流石にまだ二人きりでは」
ミヤコは言い方を間違えたと頭を抱える。
友人として日が浅いので二人きりで出かけるのはどうかと思う、と言いたかったはずなのだが、これではミヤコがシオリに対して好意があり二人きりで出かけられる関係性を狙っているかのようだ。
「……知らない人と出かけるのは、ハードルが……」
言い繕おうとしてまた間違えた気がして、ミヤコはググっと眉間に皺を寄せる。
「知らない人じゃない、えっと、まだ、何か、一緒に遊ぶのは、難しい、です」
シオリとは仲良くなれていると思う。色々と共感する所や、シオリからすれば自分の弟と被る所もあり気にかけてもらっているのだろうとミヤコも感じていた。
しかも友人宣言までしているのだ。これで仲が良くないはずがない。
しかし、それはあくまでも一緒にはしゃいで遊ぶような間柄ではない。
ミヤコもシオリもはしゃげるほど感情表現が得意ではないこともあり、夏祭りを一緒に楽しみたいという希望は無かった。
「話を聞いて行ってみたいだけとか?」
助け舟を出したのは、台所で夕飯の後片付けをしていたツバキだった。
話をすべて聞いていたわけではないだろうが、ミヤコが必死に言い訳じみた言葉を並べていたのは聞こえていたようだ。
「気になるけど遊びに行くというよりも、見学したい、的な感じだったりする?」
ミヤコは大きく頷いた。
遊びに行きたいわけではないが見学をしたい、それはまさにミヤコが言いたかったことだった。
そう見学をしたい。
噂の武将とやらを見てみたいと、ミヤコは考えていた。
今年の水前寺夏祭りは七月二十七日の土曜日でした。作中の時間も七月二十七日の土曜日です。
ミヤコ君熊本に来てようやく一週間。適度に遊び始めてもいいころ合いだと思うのです。
お祭りと言ったら武将。
スポーツイベントにはオクロック。
城下の町には着物のお姉さん。
眼福。
本日の更新はここまで。
明日以降も一日一回以上の更新を目指します。