65.厄介な熊
少しするとユカリとツカサが社長室へと戻って来た。
今日はユカリがデスクワークで、ツカサがクロスノックスの内部を案内するのだと言う。
「昨日ほど多くは回らないし、たぶんすぐに終わる、かな?」
そうツカサは言っていたが、今日のクロスノックスの七十七不思議探訪は少々混迷を極めた。
何故なら、ミヤコのことをすっかり気に入ったらしい黒い熊の妖怪が、ミヤコが社内にっ入ってくると同時に、背後にぴったりとっくっついて来たからだ。
熊は妖怪であるため、独自ルールに縛られているとエモトは言っていたが、その独自ルールの一つが、人間に付いて行くことでしか移動できないと言う事。
時間帯的に出社する他の社員と被ってしまい、熊がエレベーターに乗るとエレベーター内はミッチミチになった。
幽霊は一般の社員には見えないが、妖怪は見えるらしく、誰もが熊にチラチラと視線を送っている。
「あれってテラスの?」
「久しぶりに出歩いてるの見た。何する気だろう?」
「うわあ、今日はバックアップこまめに取らないと」
「ヤバいな、見回り班再編しなきゃ」
聞こえ来る声だけで、この熊の日ごろの行いが透けて見えるようだった。
妖怪の熊は重さが無いのか、エレベーター内にミチミチに詰まっても重量ブザーは鳴らなかった。ただし赤いボタンの着物の幽霊は、クマに押しつぶされてあり得ないほど細く薄くなっていた。
どうやら妖怪は幽霊に触れるし、幽霊は生身の人間とは違う体構造をしているようだ。
妖怪の熊に対して赤いボタンの着物の幽霊は相当腹を立てていたらしく、ミヤコの耳に「はらんかく! はらんかく! こんちくしょうが! こんちくしょう!」と呪詛のように聞こえて来た。
そのしゃがれた呪詛に慄いて、ミヤコはツカサにびたっと引っ付く。
「え? もしかしてご先祖様怒ってるの?」
ツカサが思わずそう溢すと、同じエレベーターに乗っていたクロスノックスの社員たちがざわついた。
「はい、あの、はらんかくはらんかくこんちくしょうがって怒ってる」
ミヤコの説明にツカサは納得したようにうなずき、エレベーター内の回数表示を見やる。
つられてミヤコもそちらを見れば回数表示の上にあった監視カメラのモニターに、真っ赤な靄のような物が映りこんでいた。
靄は熊を威嚇するように高く伸び、エレベーターの隅にある監視カメラの映像を真っ赤に染め上げた。
エレベーター内にいくつもの抑えたような悲鳴が響く。
「はらんかくは腹が立つって意味だから、うん、確かに怒ってるね」
人間に何か危害が加えられているわけではないが、分かりやすく怒ってるご先祖様に、ツカサは困ったようにため息を吐く。
「よし降りよう。この熊僕たちについて来てるみたいだし。子供好きだとは知ってたけど、まさかミヤコ君がここまで気に入られると思わなかったよね」
そう言っているうちにエレベーターは四階で止まった。
ツカサはすぐに人をかき分けてエレベーターを降りる。どうやらいつの間にかミヤコからツカサへと付いて行く対象が移っていた熊が、ツカサに付いて行く形でエレベーターを降りた。
エレベーター内の人たちも分かっているようで、すぐに体を壁に着けるようによけながら「ご武運を」「熊に気を付けて」などとツカサたちに声をかける。
今までどんなことをして、この熊はここまで恐れられているのか。
周囲の熊へ向ける視線は悪意や敵意では無いとミヤコは感じていたが、それにしてもなかなか理解しにくい物である。
ミヤコがチラッと背後を振り返れば、閉まりゆくエレベーターの扉の隙間から、サムズアップをする赤いボタンの着物の幽霊が見えた。
応援してくれているのだろう。
幽霊VS熊!
本日の更新はここまで。
明日以降も一日一回以上の更新を目指します。
更新時間もこれくらいを目指したいです。