64.説明ができない可愛い人
異界の浸食は人の姿形に影響を与えた。
その昔は黒髪黒目が一般的とされた日本人に、黒髪の人間が生まれにくくなったのは、日本が世界でも特に異界の浸食を受けているからだと言う。
世界人口の大半が黒髪黒目、もしくはそこから色素を抜いて行ったような色合いだと言うのに、日本人の大半は幼子がでたらめに書いた絵のようにカラフルだ。
カラフルな色には遺伝的な要素もあるが、どの遺伝子がその色を作り出しているのかはいまだ解明されていないため、同じ親から生まれた一卵性の双子でも、髪の色が違う事もあった。
十人十色という言葉があるが、言葉が成立した当初色が人の性情を表していたという事を理解しているのは、古語を研究するような言語学者か、ミヤコのような手あたり次第本を読む文字媒体に依存している人間くらいだろう。
ミクのように生え際から毛先にかけて色が変わっている者はそれなりにいる。
ただそれでも、こんな三色の髪色は何処にもいない。
まるで動物の毛皮の色のようだ。
「可愛いと思う。三毛猫とか、バーニーズ・マウンテン・ドッグみたいで」
ミヤコの言葉にシオリの表情が無表情に戻る。
「犬が具体的な犬種すぎるわ」
「じゃあ、兎、あの受付のラインランダーのキャラメルさん」
キャラメルは白地のむっちりボディに、黒と茶色が錆柄のように細かく入り混じった背中のラインと、顔や足先などの末端が可愛らしい魅惑の毛色だ。
シオリはじっとミヤコを見つめ、何を思ったかその手を掴んだ。
「ミヤコ君も猫みたいだよね?」
ふっとシオリが笑う。
「可愛いわ」
思わぬ反撃にミヤコは目を剝き驚く。
「あ、お、俺……男だし可愛いより格好良いって言われたい」
長年の虐待で、あまり他人からの評価に頓着しないミヤコではあったが、そこは一応望む姿というのはあるのだと、首を横に振る。
可愛いは少なくとも望んでいないのだ。
格好良いと言われたいというミヤコに、シオリは少し考えるように自分の手に視線を落とす。
握られたままのミヤコの手をじっと見つめると、口の端をわずかに上げて口を開いた。
「言われるように、なるかもね。ミヤコ君はたぶんこれから大きくもなるし強くもなるよ。私にはそれが分かるから」
何故手を見ただけでそんなことが断言できるのだろうか。疑問に首をかしげるミヤコ。
降れたユカリの手からわずかに感じた気配に、はっと気が付く。
「それ……もしかして、シオリさん遺伝子が分かる?」
「ふふ、ちょっと違うけど、うん、情報の一部は読み取れるよ。ただそれをできる人間が他にいないから、体系化した知識は存在してなくて、何となくこういうことになるに違いないって、私が勝手に思うだけなの……ええっと、マメ科の植物の葉っぱの傾向ってこうだよね、とか、この植物は木じゃなくて草田、草じゃなくて木だ、っていうのがなんとなくわかるような?」
やはりこれはシオリの魔法なのだとミヤコは確信する。
優しくなでるような、害意を感じない気配。皮膚に触れるそれは母親が子供をなでる時の手のようだった。
言い表すには難しい、ただそこにあると言う事は確信できる、情報。
それを共有できる相手は他にはいない。
ミヤコにも覚えのある感覚だった。
「それ、俺の五感と同じかも」
霊能者だと言うエモトにも破格だと言われたミヤコの五感。
つまるところそれは、他にその感覚を共有できる物がおらず、ミヤコの口から言語化しなければ情報にすることもできないと言う事。
それは分かると言いながらも説明ができないというシオリの感覚と同じように思えた。
「うん、私もミヤコ君がカフェで異界のお茶見つけた時の話を聞いてね、似てるなって思ったから話した」
視線を合わせてシオリが言う。
「そっか……何か、少し安心した、かも」
「うん、私もミヤコ君に話せて安心したかも」
理解のできない、説明できない感覚を、共有こそできないものの、そういうモノが存在し得るんだと納得し合えている。
二人にとってそれはなんだかとても安心できて、嬉しい事のように思えた。
三毛猫、バーニーズマウンテン、ラインランダーは私が愛してやまない毛色。
錆柄も可愛い。