63.ミヤコ君と友人
明けて翌日。
朝食に食パンをたらふく食べてご満悦だったミヤコは、今日もクロノス社へ。
時間は十時ちょっと前。すでに来ていたシオリと一緒に社長室へ。
ツカサとユカリはクロスノックスの方に用があるからと、ミヤコとシオリに社長室で待っていてくれと言って出ていった。
出ていくときにらくのうマザーズのコーヒー牛乳を置いて行かれた。
こまごまとカロリーを供給させるつもりらしい。
「お勧めだから」
とサムズアップするツカサの言葉の通り、美味しいコーヒー牛乳だった。
二人きりになり、ミヤコは目覚ましビンタについて、シオリに直接聞いてみた。
「ああ、そういう呼び方されることあるわね」
真顔で、いつもよりも平坦な声でシオリはミヤコに返す。
「不本意?」
「不本意」
やはり本人としては不本意だったらしい。
でも別に黒江家の兄弟たちについては怒ってもいないと言う。
「だって私には関係ない人たちだもん。知り合いたいとも思わないし、嫌いになる労力が惜しい程度の人。他人だよ」
他人だから怒るつもりすら無いと言い切るシオリに、ミヤコは愛の反対は無関心という格言を残した人がいたなと、以前読んだ本の内容を思い出す。
家に帰りたくないがための図書室への避難、故の乱読が過ぎて、それがどんな偉人だったのか思い出せないのはちょっと困りものだ。
「そもそも目覚ましビンタと呼ばれてるそれは、能力としては副次効果っていうやつなのよ。本来は人体が遺伝子で定められた正常な状態ってのに補正させることのできる力なんだけど、それを精神的肉体的衝撃と共に相手に付加することで、相手の精神状態が良い方向に向かう事がある、程度の物よ。ツカサさんの希死念慮は、本人の能力に引っ張られてるんだよ。あの力は強すぎて、それこそ人の命が代価、代償として必要なんだから」
ミヤコはそうだったのかと頷く。
ツカサの異能はチラチラと聞こえ来る話から、相当規格外の物である事は分かっていた。
そして規格外の力にはその分代償が必要だと言われば、それもここ数日ずっと食べるように勧められてきたことと一致した。
もしかしたら、ミヤコこも異能の代償として死にたくなるかもしれないと考えらえていたのだろうか。
異界の巨大馬を縛り上げるあの異能の代償が死にたくなることだとしたら、きっとシオリはそれを無視できるわけが無いのだろうと、ミヤコは納得する。
ほんの数日の交流でもわかるくらい、シオリは他人が苦しむことを嫌がる人だ。
「……叩く?」
ミヤコはシオリが自分の事も叩くのだろうかと、頬を指さしてみるが、シオリは大きく頭を振り否定した。
「叩かない。叩きたくない。ミヤコ君叩きたくないよ。せっかくできた友人なのに」
「え?」
友人と言われて、ミヤコは固まる。
ミヤコ自身は一方的ながらシオリに友人としての行為をすでに持っていた。
昨晩もだからこそサツキとアセビの軽口に腹を立てたのだ。
しかしシオリから友人だと言われるとは思っていなかった。まだ、そこまでの仲だと自信を持てていなかったから。
ミヤコの顔が耳まで赤く染まる。
「え、うそ、私が勝手に思ってただけ?」
そう返すシオリの顔も、無表情ながら真っ赤だ。
「ううん、いや、だって、まだ会ってそんなに」
「……じゃあ、私と友人になってくれない?」
お互いあまり表情豊かではないが、赤くなった顔を見れば、恥ずかしながらも互いに友人関係を結ぶことを嫌がってはいないことが分かる。
分かるが改めて宣言するのは恥ずかしいと、互いの顔に書いてあるようだった。
「俺でいいの?」
問えばシオリは僅かに口元を緩める。
「ミヤコ君がいいんだよ……異能持ちでも魔女でも嫌がらないでしょ? この髪の毛の色も気持ち悪いって言わないし」
その三毛猫のようなきっぱりと分かれたトリカラーの髪は、確かにミヤコも見るのが初めてなほど珍しい物だった。