5.ミヤコ君とツカサさんのお仕事2
マコトがミヤコに断りを入れて隣室へと行く。
スマホ画面などの確認はせずに場所を変えたという事は、マコトは着信音でかけて来た相手が分かるように配慮しているのだろう。
しばらくして結構な量の食器を洗い終え、ツカサとユカリがリビングに戻って来た。
「あれ? マコトは?」
「隣の部屋です。電話がかかってきて……展覧会の絵が」
「えっとそれ本当? 曲あってる?」
「はい、知ってる曲だったんで」
そうミヤコが答えてすぐ、マコトが入っていった隣室のドアが勢いよく開かれた。
「ツカサ仕事だ! 美術商から連絡! 緊急事態! 俺は先に出る!」
言うや早いか、マコトは玄関先に適当にかけてあったジャケットを掴んで飛び出して行ってしまう。
その背中にツカサとユカリが声をかけるが、聞こえているかは定かではない。
「え、あ、うん分かった行ってらっしゃい」
「連絡は私の方に入れてねー」
言いながらユカリはリビングに置いてある棚の中から、タブレットPCを取り出し立ち上げる。メールの着信を確認しているとミヤコにも分かった。
「何があったんですか?」
「仕事って言ってるから、何かあったんだろうね。あ、美術商ってのはあだ名でね、前に画伯って呼んでたら怒られたから今は美術商って呼んでるの」
妙に話題を逸らして答えるツカサに、ミヤコは全然わからないと首をかしげる。
「たぶんねえ異界に関する何かだよ。美術商ちゃんってそういう危険な情報売ってくれるんだけど絵がすっごく下手だったから、そんな図解で分かるか! ってマコトちゃんと喧嘩した事があってね、それで画伯って呼んでまた喧嘩になって、じゃあ美術商って呼んでやるって。ふふふ、マコトちゃん美術商ちゃん嫌いなんだよねえ。すぐぼったくろうとするから。だからねえ、すーぐマコトちゃん美術商ちゃんには怒鳴るし口悪くなるから、きっとミヤコ君の教育に悪いと思ったんだねえ」
ユカリがツカサの話に補足をしながら他愛もない話をつづけ、タブレットからスマホに持ち替える。
どうやらマコトが別室に移動したのは、仕事の話を秘密にしているというよりも、電話の相手が問題だったようだ。
「あっと……ライン来てる」
タブレットの方では無くスマホのラインアプリで連絡が入っていたらしい。
ユカリは一度ラインを確認すると、もう一度タブレットに持ち変える。
「連絡と報告は違うからねえ。ラインよりも業務連絡用のフォーマット有る方がいいんだよね」
ツカサは他人事の様子で、麦茶のペットボトルを都に渡す。飲めという事なのだろうとミヤコは受け取る。
ずっと食べたり飲んだりを繰り返しているが、不思議とミヤコの腹が苦しいと思う事は無い。
ミヤコが大人しく麦茶を飲んでいる間に、ツカサたちは送られてきただろうメールやラインを確かめる。
「あー、異界生物が流入。恐慌状態大人しくしてくれないかもって。だからできればツカサちゃんに出てきてほしいみたいだよ? そこそこサイズがあるって。バイクくらいの大きさだと良いけど車超えると人間には難しいもんねえ」
ツカサを指名しているとユカリが言えば、ツカサはスマホから顔を上げ不服そうに答える。
「僕? 仕方ないなあ。その異界生物の流入って場所は何処?」
「電車通りだって。交通に影響が出てるみたい。狭い所とか遮蔽物は嫌がってるっぽいね。わあ、とにかく大きい馬だってさ。象くらいある馬が暴走してる? のかな? 現場も混乱してるしまだ情報はっきりしないねー」
「ここから見えるかな?」
ソファから立ち上がると、ツカサはベランダの方へと歩いて行く。
隠されていないならきっと自分が知ってもいいはずと、ミヤコは異界生物という言葉がつい気になり後ろに付いて行く。
「見えるかもね、かなり近いよ。最初に出現が確認されたの水前寺付近ってあるし」
「ちょっと見てみよっか」
ベランダへ続くガラスの引き戸の横に簡素なラックが置いて有り、その上にはそこが定位置とばかりにゴツめの双眼鏡が置かれている。
ツカサは双眼鏡を手に取るとミヤコに向けて差し出す。
「あの、俺もいいんですか?」
ミヤコが双眼鏡を受け取ると、ツカサはさらにラックの引き出しの名から同じ双眼鏡を取り出す。複数常備されているらしい。
「いいよいいよー、こっちこっちい」