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56.魔女と猫

 クロスノック社は地下一階、地上二十階建てのビルで、その内部のいたるところに異界の気配や、異界とは全く関係のない幽霊だったり、妖怪だったりがいた。

 ユカリはそうしたモノらを、この世界由来のモノ、異界由来のモノ、判断が付かないモノで分けるようにミヤコに言った。

 大半は異界由来だと感じるモノだったが、中には判別がつかないモノもあり、そうしたモノや現象は異能が原因だったモノが半数。もう半数はよく分からないけどこうなっているんだよね、とのことだった。


 明確にこの世界由来だと分かるモノもいくつかあった。


 ビルの四階と五階には広い展望テラスが有り、そこには大きな黒い熊の妖怪と、白い二匹の狐の妖怪がいた。

 展望テラスには都市型緑化の一端として、かなりたくさんの植物が植えられていた。

 だからこそ獣である三匹はそのテラスに居ついているのだとか。


 妖怪たちは人間の言葉が分かるようで、ミヤコが話しかけると快く対話をしてくれた。

 熊の妖怪は言葉こそ発しないものの、ジェスチャーで自分の気持ちややりたいことを伝えてきた。ユカリ曰、人懐っこく悪戯好きとのこと。

 人間と交流をしたいがなかなか難しいので、コウリュウを積極的に行ってくれるクロスノックスが居心地がいいらしい。


「え! 熊本を元気にしたい? 幸せ応援部長? えっと……それって、何?」


 どこからともなく取り出したスケッチブックとマジックをフリップ代わりに、その熊はミヤコに自己紹介として自分の肩書や活動理念を伝えた。

 しかしながら何故熊がそんな事をしているのか、ミヤコにはまるで理解できなかった。


「うーん、まあそういう熊なんだよ。良い子だよ。いろんなことに挑戦したがるし」


 そうユカリは言うが、シオリはそんな熊から大きく距離を取り、決して触れられるところに居たくないと拒絶の意志を示している。

 どうやら以前この熊の悪戯の餌食になったことがあるらしい。


「その挑戦は人に迷惑をかけないことに限定してもらいたい」


 無表情ながらも不機嫌を隠すことなくシオリは言う。

 嫌われているのがショックだったのか、熊はがっくりと肩を落とした。


 熊の次に会いに行った狐の妖怪は、人間の言葉をしゃべる事が出来た。

 元々熊本城にいたのだが、以前熊本で地震が起きた時に、熊本城が崩れ、その後復興のために大規模調査や工事が行われることになって、熊本城に住みづらくなってしまった。

 そのため一時的に黒江家に保護されて以降、熊本城が完全に復興するまでという期限付きでクロスノックス社屋に住んでいると言っていた。


「大変だったんだ」


「まあ人間ほどじゃない」


「人間は死ぬからな」


 居を移すことは大したことでは無いと狐たちは言う。

 それよりも人間はあっさり死んでしまうのだから、そっちの方が大変だろうと。

 妖怪から見たら人間はとても脆弱な生き物だったらしい。


 今日回ったのは全部で二十カ所。

 中にはあえて異界の生物を捕らえて飼育している施設の見学も含まれていた。

 そこでは異能とは違う妙な感覚を覚えたので、そのことをユカリに告げると、それは異界の生物が逃げないようにこの施設にかけられている魔法だと言われた。


 どこかで感じたことがあるような、皮膚に優しく触れるような感じがあった。

 悪意は感じない気配とでも言おうか、ミヤコにとってそれは嫌な物では無かった。


「魔法って……」


 今まで歴史の授業で聞いたことはあっても、ミヤコは現代にそんなものが本当にあるとは思ってなかった。

 けれどこうしてみて感じると、今まで見たことが無かったから知らなかっただけで、見てしまえば、確かに異能や異界の気配とは何かが違うと感じた。

 ミヤコは魔法の存在に納得した。


 そして改めてユカリとシオリを見やる。


「……ユカリさんは、異能、シオリさんは……魔法?」


 ユカリが破顔し、シオリはふいと視線を逸らした。

 そしていつもより感情のこもらない声で言う。


「そう、私は生まれついての魔女なの。幽霊とか宇宙人とかと同じカテゴリーの変な生き物よ」


 それは酷く不機嫌で、苛立たしさを隠そうともしない、何かを嫌悪していると吐き出すような声音だった。


 ミヤコはシオリをじいっと見つめる。

 堪えるように自分の腕を掻き抱くシオリの様子が、不機嫌なのではなく怯えているのだと気が付いた。


 何に怯えているのだろうか。

 シオリは声は分かりやすくても表情が分かりにくい。

 ただ、嘘を吐くことはない。


 だから何かを嫌っているのは本当。でもきっと怯えているのも本当。

 そしてシオリは自分の事を変な生き物だと言った。


 ミヤコは知っている。

 変という言葉は褒め言葉ではない。変な子と言われることが他人からの拒絶だという事を知っている。


 シオリはきっと誰かに変な子だと言われてきたのだろう。

 自分と同じように。


 でもシオリは優しい。面倒見がいい。嘘を吐かない。責任感が強くて、きっと約束は守る。

 そんなシオリの事が、たぶん自分は好きだなとミヤコは思った。

 だからそのまま口にする。


「そっか……でも、シオリさんの事、好きだよ?」


 ハトが豆鉄砲を食らったようなというのはこのことを言うのだろう。珍しくもきょとんとしたシオリの表情がおかしくて、ミヤコはちょっとだけ笑った。


 笑うミヤコに、無表情に戻ったシオリが不機嫌に言う。


「……ミヤコ君って何かあざといわ。ツンデレの猫とか、撫でて欲しいの?」


 腕をほどき、鉤爪のように指を曲げて掲げて見せるシオリに、ミヤコは慌ててそんなつもりは無いと首を振る。


「え、それは、なんか恥ずかしい」


 恥ずかしいと言うミヤコに、シオリも手を下ろし視線を逸らして返す。


「私も恥ずかしいから撫でない」


「うん……」


 妙に気恥ずかしくて、それから二人はしばらく視線も合わせられず無言だった。

 その横で一人やたら楽しそうなユカリを、通りすがりの一般社員が怪訝な顔で見ていた。

くまモンは熊では無いと公式が発表してるので、黒い熊と明記してあるやつはくまモンではないと言えるはず。

熊本城の二匹の狐の伝説は本当にある。

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