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54.ミヤコ君と安心

「気持ち悪いです」


 食べ過ぎたと、クロノス社の社長室でミヤコは唸る。

 応接用のソファに背を預け、くつろぐというよりは力尽きた様子でミヤコは顔色を悪くしている。


「ユカリさんが煽るから……」


 シオリが半眼に据えた目でユカリを見やれば、ユカリはまるで悪びれた様子も無く、手元の書類に文字を書きつけていく。

 それは今日ミヤコが何キロカロリー摂取できたかの記録だった。


「うーん、思ったよりたくさん食べられたね」


 一般的な成人男性に推奨される摂取カロリー二日分、それをミヤコは一回の食事で食べきっていた。


「異能持ちって食べた物の半分以上は物質から異能を使うためのエネルギーに変換されてるって言われてるんですけど……ミヤコ君の場合はかなり容量大きいんですかね? 食べた量明らかに異常でしたし」


 ユカリの書きこむ書類を見ながら、シオリも確かにそうだと頷く。

 ユカリの手元には今日だけでなく、ここ数日のミヤコの食べた料理や菓子、それの大まかに推測されるカロリーが書かれていた。


 ミヤコが首をかしげると、シオリが教えてくれる。


「異能を使うにあたって、代償の無い力ってのは無いのよ。必ず何かしらの代償を払わなくちゃいけないの。大まかに異能と呼ばれてる力って元々この世界に存在しなかった力とされてるから。それでその代償がエネルギー。カロリーね。昔はそれこそ人身御供だったこともあるらしいんだけど、そういう致命的な代償しか払えない人ってのは後々に続かなかったから、今では代替として食事のエネルギーで賄える人が殆ど」


 シオリの言い方はいちいち例外が存在するとでも言いたげで、ミヤコはますます首をかしげる。


「異能って呼ばれる意外にも権能とか魔術とか呼ばれたりするから。今だと殆ど食事で大丈夫な人もいるけど、クロノス社には異能の代償が自分自身の何かで、本気で使うと色んなものが欠落しちゃうっていう人もいるんだよ。でもミヤコ君はそうじゃないから、安心してたくさん食べて」


 結局食べなくてはいけない、という話に戻って来たのでミヤコは唸った。


「もしかしたら今まで足りなかった分取り返そうとしてるのかもね? でも体に異常はなかったよ。ちょっと発育不良ではあるけど、内臓とか骨にまで致命的な異常は出てなかったから。まあしばらくそこでゆっくり休んでてー」


 ユカリの言葉にミヤコは大きく息を吐き、身体の力を抜く。


 ただちょっと気になったのは、致命的ではないまでも、内臓や骨に異常があった可能性だ。

 それを示すように、ミヤコの前には五百ミリリットルの牛乳パックと、パッケージに鉄分カルシウムウェハースと書かれたお菓子が置かれている。


 今すぐには食べられないが、後で有難くいただこうとミヤコは心に決めた。


 ミヤコは意識して五感を鈍くする。

 耳に聞こえる音が、目に見える光景が、鼻に香る匂いが、いつもより遠のくのを感じた。

 意識して邪魔だと思う感覚を遮断する。


 熊本に来る前はずっと聞こえていた羽虫のようなノイズが消えた。ずっと見えていた光の散乱のようなちらつきが消えた。鼻につく人の匂いは意識しなくなった。時折痛みとして感じていた気温差も今はただの肌が感じる温度だ。


 ミヤコは改めて自分の身に起きている変化に向き合った。

 向き合い、それを言葉にした。


「そう、ですね。ご飯食べたら……能力が強くなったって言うよりも、凄く、安心したんです」


 自分の力が自分の意志で制御できていると感じる。

 ミヤコはそのことにとても安心感を得ていた。


 うすうす気が付いていた。確信を持てたのは今日の健康診断で青い髪の専門家の話を聞いてから。

 そして今、自分の異能を自分で制御でできた。それでミヤコは今までにないくらい、安心している。


 ユカリとシオリが無言でミヤコを見やる。

 二人が真剣にミヤコの言葉に耳を傾ける様子を見ながら、ミヤコは安心した気持ちのまま言葉をつづけた。


「ちょっと前は何か、ままならなかったんです。でも今は音がうるさくても、聞きたい音だけ選べるし、匂いがしても、気にしないでというか、実感しないでいられる。何か、考えて選んで受け取ることができるって言うか」


 たどたどしい言葉に、その感覚が分かるはずもないのに、ユカリもシオリも否定しない。

 それどころかユカリはそれは良い事を聞いたと、一度しまい込んでいたミヤコの現状を観察し記していた書類を取り出し、手書きで情報として追加する。


「よし、これも今日診てもらった先生に話そう。虐待のというか、ミヤコ君が栄養失調になってた証拠になる」


「なるんですか?」


 聞いておいてなんだが、ミヤコはまあなるのだろうなと納得した。

 栄養が足りていないと異能が発揮されない、制御できないという話は散々されている。

 その証拠とでもいうように異様な量の食事をずっと食べるように言われている。


 ならば逆説的に、異能が今まで正常に制御できていなかったのなら、それは栄養が足りていない状態だったと言えるのだろう。


「なるよ。さっき車で話したお腹いつも壊してる子が育ててる拾い子たちが居るんだけどね、その子達も栄養失調で異能を制御できなくなってたんだよね。自律神経って言うか、交感神経とか副交感神経ってわかる? 異能持ちの子ってそれとはまた別に異能を押さえたり活発にさせたりする脳の働きが存在してるはずでね、まだ解明まではされてないんだけど、それが栄養状態が悪いと正常に機能しないんじゃないかっていう研究論文があるんだよ。お腹いつも壊してる子が、拾い子たち育てるために調べてて、それに付いてうちの会社でも共有してるから、結構異能持ちの子の栄養状態での体調不良ってのはうちの会社詳しいよ」


 通勤の車の中での説明内容のせいでお腹いつも壊してる子、という酷い呼び方で定着してしまったらしい。ミヤコはちょっとだけ申し訳なく思った。

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