51.ミヤコ君と凄い会社
昼食は外に食べに行くか、隣のクロスノックス社のビル内にある社員食堂に行くかを尋ねられ、ミヤコはお勧めを知りたいですと答えた。
「だったら、今日は社員食堂がお勧めね!」
そう言って連れてこられたクロスノックスのビルの中は、ミヤコが思っていた光景とはあまりにもかけ離れていた。
「……」
言葉を失うミヤコの右手をユカリが握り、反対側の肩をシオリが押してミヤコを進ませる。
「相変わらず凄い光景ですよね」
シオリが表情を動かさず、声だけで呆れたように呟く。
「これって……」
一体どういうことなのか、そう問う言葉は音にならなかった。
クロスノックス社の社屋の一階、二階部分は広い吹き抜けのホールになっている。
室内でもとても明るいのは社屋正面はほぼガラス張りだからだろう。
真夏の昼時のきつい光は、時間帯のせいで直射的に入ってくることはなかったが、西日が強く中に射すだろうことが分かった。
窓がとても広く取ってあるというのに、室温はやや寒く感じる程。
ミヤコは身震いをした。少しかさついた空気感に、妙に首筋が泡立つ。
まるで外と中の空気が全く別の世界であるかのようにすら感じる。
何か、異界とも異能とも違う気配を感じる気がした。
正面の黒く重厚な壁や、足元の眩暈がするほどきついコントラストの、一松模様に配された白黒のタイルは、まるで入ってくる人を威圧してるようだとミヤコは感じた。
人材派遣会社と銘打っているはずなのに、これでいいのだろうか。
ユカリもシオリも違和感を覚えるこの光景に頓着してはいない様子だ。
そしてクロスノックスのエントランスホールには、ミヤコの見たことも無いような様々な「人」がいた。
エントランスに人が多いのは、ちょうど昼食時と言う事もあって、出入りが頻繁だったせいだろう。
ミヤコは自分の横を通り過ぎた、銀色の鱗が関節に生えたクールビズ姿の青年を視線で追う。
そうしてるうちに今度は固まって歩くミヤコたちを横から追い抜く水牛のような角の生えた壮年の男性。
入り口正面奥にある受付のカウンターにはパッと見は普通の女性に見える明るい茶色の髪の女性がいたが、よく見れば目の瞳孔が横長で、もみあげ付近の髪だと思っていた場所に長く垂れた耳毛におおわれたが付いていた。
カウンターの上に、何故か兎がいる。それもミヤコの見たことも無いような大きな柴犬くらいはありそうな兎だ。模様だけならラインランダーという兎に瓜二つだが、一回り以上大きい。
無表情でミヤコを見上げているが、ピンと耳を立て内側をミヤコに向け、鼻が激しく動いているので間違いなくミヤコを警戒している。
毛足が短くみっちりと詰まっている。まるで生きたぬいぐるみの様だ。
ミヤコが何か言う前に、兎が口を開いた。
「ようこそクロスノックスへ。いらっしゃいませユカリさん、そちらのお二人が招待の中学生ですね?」
喋る兎にミヤコは思わず固まる。
そんなミヤコの背中を、シオリがポンポンと叩いた。
「ええ、館内証の仮発行お願いします」
「畏まりました」
兎が返事をし、横のカウンター内の女性がすぐに何かカードをと出す。
「本人の確認のためにサインをお願いします」
促されるままミヤコとシオリはよくあるクレジットカード程度のサイズの硬い紙のカードにサインをする。
カードにはクロスノックスの会社ロゴとゲスト館内証という文字。何か磁器を帯びているらしく、ミヤコが触ると僅かな静電気のような手触りを感じた。
サインされた館内証を女性は受け取り、何かの機械に通した後、ネックストラップ付のパスケースに入れてミヤコたちに差し出す。
「本日中有効ですが、社外に出る時はカウンターに一度返却をお願いします」
慣れた様子でシオリが受け取り片方を都に渡す。
「はい、わかりました。じゃあこれミヤコ君のね」
どこまでも普通の会社の様に対応された。
しかしミヤコはこれが普通でないと理解できた。
だってこの会社は、ミヤコが感知してもしきれないほど、多種多様な異界の気配であふれていた。