48.通勤
朝食が終わって少しゆっくりして、ミヤコたちは黒江家を出た。
「じゃあ、ミヤコ君連れていくから」
「行ってらっしゃいませ、ツカサさん、ユカリさん。気を付けてねミヤコ君」
玄関まではツバキが見送り、買ったばかりの帽子をミヤコに被せる。
「キヲツケテネミヤコ君」
ツバキの後ろを付いて来ていたミクが、やけに真剣にツバキの言葉を復唱する。
一体何に気を付けるべきなのだろうかとミヤコが首をかしげると、ミクは首を横に振り、もう一度「キヲツケテネ」と繰り返した。
もしかしたらミクにとって健康診断は、とてつもない大きな試練なのかもしれない。
苦笑するツバキと真剣な表情のミクに見送られ、ミヤコはツカサの運転する車に乗った。
車で二十分かからないくらいの距離にツカサの会社はあるらしい。
移動中はユカリが今日の予定をざっくりと説明する。
ツカサの会社は異能対応の人材派遣会社の子会社で、異能を持ってる人間相手の仕事でも特に研究と荒事特化なのだという。
それは初日に見た巨大馬への対応や、ミヤコをあっさりと捕獲した異能を見ればよく分かった。
午前中に健康診断を会社の設備で出来る範囲ですませ、午後からはツカサさ達の会社では無く親会社の方で異能の検査などをする。異能の検査については昨晩急に決まった事だった。
検査には親会社の方の設備の使用予定もかかわって来るので、空き時間が出来ること前提で、その時間にシオリが教科書を持ってツカサの会社に来てくれることになっているらしい。
「来てくれるんだ……」
「シオリさんは一回面倒見るって決めたら、絶対に離そうとしないからねえ……」
ふふっと笑っていたユカリだが、すぐに表情を暗くする。
「ごめんね、急に検査の事決めちゃって。本当はもっとちゃんと静かな環境用意してあげたいのはやまやまなんだけど、ちょっと君の五感については思っていた以上に調べたいこともあるしさ」
思っていた以上に、そう言われるほど特異な行動をとった自覚がミヤコにはあった。
「ツカサさんは見えたのに、アセビさんには気が付かなった事ですか?」
「ああそれも興味深くはあるけど、それ以外もだよ」
しかしユカリはアセビを認識できなかったことについてはそこまで深刻に考えていないらしく、それ以外だという。
「あの紅茶ねえ、本当にほんの少ししか異界産の植物は入っていなかったから、カップ一杯を毎日飲んだところで、ってのはあるんだけど、よくあの量で見つけられたなあって……。スイカもね、叩いてた本人のアセビは他のスイカと区別付かなかったって言うしさ」
ああとミヤコは納得するも、納得したからこそどうしたものかと唸る。
人と物の見え方、感じ方が違うのは説明が難しい。
あるからにはあるとしか言えない。
それを信じてもらえるだけ有難いのだが、それを検査するというのはどういうことなのだろうか。
幽霊を見える人間がいたとして、それを見えない人にいると証明することも出来なければ、幽霊が見える人であると検査で示す方法もミヤコにはまるで分らなかった。
少しの沈黙の後、運転中だったツカサがふっと尋ねる。
「もしかしたらミヤコ君の異能、こっちに来たばっかりの時より強くなってない?」