45.笑顔の理由
スイカの収穫は完全には終わらなかった。
収穫を初めてすぐにミクがお腹が空いたと言い出したからだ。
仕方がないので急いで作れる物をと、コハナとツバキが大鍋いっぱいに素麺を茹でた。
トーストはトースターの数が限られているので、どうしても時間がかかってしまうのだそうだ。
対して素麺は、台所の給湯器でお湯を鍋に入れれば沸かすまでの時間が短縮でき、茹でた時の湯を使いまわして次を茹でれば次々提供できるから、とのこと。
黒江家夏場の定番らしい。
大鍋に一度に茹でられる素麺は七束。それを茹で上がる度に水で洗い、氷を放り込み、金属ボールに雑に盛ってコハナがダイニングテーブルへと運んでくる。
重い物持つの大変でしょうと、ツカサがそれを手伝えば、慌ててツツジとアセビが代わりに運んだ。
それじゃあめんつゆ他にも用意しようかと、ツカサがパントリーに向かえば、ツバキが慌てて止めに入る。
「もう、別に僕が何してもいいでしょ? 荒すわけじゃないんだし。これでもユカリと二人暮らししてたんだから、料理だってできるんだよ?」
ツカサの家なので、ツカサが自由にできない道理はないはずとツカサは少し困ったように眉を下げるも、ツバキはツカサの前に立ちパントリーに向かう事を許さない。
困っているのはツバキも同じようで、申し訳なさそうにエプロンの裾を掴んだままツカサに頭を下げる。
「えっと、でも、あの……これは私たちの仕事、ですし」
「そこまで明確に線引きしなくていいって。君は従姉妹なんだから。そこまで求めてないよ。まあでも、仕事を取り上げるのは失礼か。分かったよ……じゃあ、はいこれ、材料あるなら作ってくれる?」
ツバキの言葉に折れ、代わりにツカサはスマホで検索しためんつゆのレシピをツバキに見せる。
そのままスマホを押し付けるように渡すと、ミヤコが大人しく座らされているリビングへ。
スマホを受け取ったツバキは、ほっとした様子でレシピを確認しパントリーへと向かった。
「ふふふふー、シオリさんお勧めのめんつゆレシピなんだ」
隣に座ってきて楽し気に告げるツカサに、ミヤコはシオリの好みを思い出し少しだけ口をすぼめた。
「何か、すっぱいものになりそうな」
「あ、わかる?」
シオリが酸っぱい味を好むのは、ここ数日で見ていてはっきりと分かった。
「シオリさん、アイスもケーキもすっぱいの食べてたから」
ミヤコ自身が食べたわけでは無かったが、シオリが選んで食べていたものはどれも酸味のある匂いだった。
「そうなんだ? でも今回のはそこまで酸っぱくないかもよ? 湯剥きトマトを細かく刻んで、ツナ缶とオリーブオイル混ぜるだけなんだって。あとバジルと黒コショウ、ツナ缶次第では塩味が足りない鴨だから、お好みで麺つゆだったり塩だったりを少々加えてもいいんだって」
「……なんかスパゲッティーみたい」
材料自体は聞いたことはあるし本でも見たことがあるとミヤコは思ったが、味の想像は付かない。
素麺にしては不思議な組み合わせだと首をかしげると、ツカサは面白そうにミヤコの頬をつつきながら問う。
「嫌いそう?」
「嫌いじゃないと思います。でも、普通の素麺食べたの何年も前だったから」
「あ、そっかあ。じゃあ無難なのがいいかな? おすすめレシピでピーナツタレとかもあるんだけど」
久しぶりに食べるのなら無難なめんつゆだけにしておくべきかと言いながら、さらに別の味を提案してくるツカサに、ミヤコはまた少し好奇心を刺激される。
「……美味しいんですか?」
「コクがあって美味しい。冒険してみる?」
「ちょっとだけ、食べてみたいです」
美味しいよと勧められたアイスもカレーもケーキも美味しかったのだから、きっと今度も美味しいに違いない。
ミヤコの頬が僅かに緩むと、ツカサは心底嬉しそうに笑う。
「洗い物増えちゃうけどじゃあそっちも作ってもらおっか」
「面倒をかけるのは」
「いいのいいの、お仕事、だもの。言われなかった? 甘える努力しようねって」
「言われました」
「じゃあこれも甘える努力ね」
こくこくと首を縦に振り、ミヤコは甘えますと宣言する。
そんなツカサとミヤコのやり取りを、少し離れてツツジとアセビは困ったような顔で見ていた。
「ねえ、ツカサちゃんがあんなに笑ってるの初めて見たでしょ?」
笑うツカサを眺めながら、ユカリがツツジとアセビに問う。
「え……」
「アセビちゃんたちもね、ちゃんとごめんなさいが出来るようになれば、ああいうやり取りできてたかもしれないんだよ?」
アセビが唇をかみ俯くと、ツツジがそれをかばうように自分の背に押しやる。
ユカリはそんな二人を見ながら微笑み、でも駄目そうだねと息を吐く。
「今日は離れに泊まってくから、後で皆できてよ。ツカサちゃんから多分話があるから」
本日の更新はここまで。
明日以降も一日一回以上の更新を目指します。