42.ミクちゃんとスイカ3
「スイカ割のように叩く?」
アセビが面倒くさそうに提案する。
「いや……それをしたら、たぶんミクちゃんが怪我しちゃうんじゃ?」
割るのは推奨できないとツツジが言う。
「じゃあ一個一個できるだけ傷付けずに切って開く?」
ツバキは左手をまな板に見立て、右手を包丁の代りとして、見えないスイカを切る真似をする。
「どんだけ手間暇かけるわけ? 収穫して並べて一個一個切るの? 包丁で?」
しかしそれは非効率的だと、アセビが呆れたように首を振る。
「いやだってさあ、これ叩いて分かる?」
言ってツツジが抱えていたスイカをポンと叩いた。
それを見てコハナが経験からの提案をする。
「あ、うーん、でも一応中身が詰まってるか空洞があるかは分かるかも? こう抱えて、お腹に付けた状態でポン! これで空洞があれば響くし、中身が詰まっていれば響かないんですよね。スイカを買う時によくやるんで。ほら、前の時はちょっと強く握ったら柔らかかったのがミクちゃん入りだったじゃないですか。だから多分分かると思う」
コハナの提案はすぐに実行されることになった。
まずは手本として庭に降りたコハナが、アセビから鋏を借り近くのスイカから収穫をはじめた。アセビももう一本の鋏を使って収穫を手伝う。
二人で七つのスイカを収穫し、コハナはいくつか抱えて叩いて見せた。
「実が詰まってるんでこれじゃないですね」
「ならこれはただのスイカだな」
コハナが叩いたスイカをツツジ、ツバキ、ミヤコも真似して叩いて、ミク入りではないスイカの感触を確かめる。
本当にミクが入っていないことを確かめるために、そのスイカは半分に切って確認した。
「多分これもだね。アセビも叩いてみてよ」
コハナの真似をして別のスイカを抱えて叩くツツジ。
収穫の手伝いはするが、自分ではスイカを叩こうとしないアセビに、ツツジは自分の抱えていたスイカを差し出す。
「パス、俺みたいなもやしができるわけないでしょ」
重いのを抱えて運ぶのがやっとの自分に、片手で支えながら叩くことなどできないと、アセビはスイカを叩くことを拒否する。
ミヤコは自分も手伝いたいとガラス戸に手を突いたまま身を乗り出す。
「つっかけ、そこにあるのは好きに使っていいやつだから。誰のでもないからミヤコも庭に降りてきな」
「はい」
アセビに指定された日に焼けたつっかけを履いて、ミヤコも庭に降りる。
クーラーの付いた室内から真夏の屋外へ出ると、身を焼かれるような暑さと重くのしかかるような湿気を感じて、思わず口をへの字に曲げる。
「早く出してやらなきゃ……」
こんな暑い日差しの下にさらされたスイカの中は、きっと快適とは言えないだろう。
ミヤコは一刻も早くミクを助けなくちゃと、繁る蔦の中へ向かう。
ツツジやコハナが家の近くから叩いて確かめるのなら、ミヤコはスイカの繁る範囲の対岸からしらみつぶしに叩いて行こうと考えた。
「えっと、ポン」
蔦につながったままのスイカを抱えて叩くミヤコに、ツツジが待ったをかける。
「あ、ミヤコ君は無理しなくていいよ大丈夫大丈夫。熱中症にならないよう家の中にいてよ」
鋏も数が無いからと、ツツジはミヤコを炎天下から屋内に避難させたいようだったが、ミヤコはそれに首を振る。
「これくらいは、したい、です」
ミヤコは何も手伝うことなく、人が大変な目に遭っているのを見ていられるような性分では無かった。
だってツツジの体温が上がって毛細血管が開き頬が赤くなってるのが分かる。コハナが重いスイカを持ち上げるたびにふうふうと息を荒くしているのが分かる。アセビも本人が言う通り、ただスイカの蔦を切って運ぶだけで息が切れている。
こんな大変な彼らを放ってはおけない。
蔦が付いたままだと持ち上げにくいが、それでもミヤコは一生懸命にスイカを叩く。
上手く持ち上げられなくて、地面に付いたままのスイカを叩いたとき、ふとミヤコは気が付いた。
「……あ……意外と」
聞こえる。
意識を集中すると、自分が叩くスイカ以外の、ツツジやコハナが叩くスイカの音も聞こえてくる。
ぽんと叩かれて返ってくる音に、わずかな違いがある事も分かる。
実の詰まり具合、水分の含まれる量、実の柔らかさ、皮の硬さ、じっくりと聞けばそれらが分かる気がした。
ミヤコが自分の耳や目が、普通の人間としての耳や目の上に、異能の力を上乗せしている物だと気が付いたのはつい昨日の事だ。
だからこそ、今聞こえている音も、異能を意識して聞いてみれば、ただ耳で聞くだけよりも色々と聞こえた。
ただ聞こえるだけではなく、音の違いという者も分かる。
地面に置いたままだと音が地面に吸収されていく。人間だと人間の水分や空洞を振動が通って音が変わる。
女性の方が音が響く事も分かった。
音の違いに気が付きミヤコは背筋を寒くする。
目の前の人間の呼吸音一つからも、相手の状態が分かるかもしれない。
経験の数が足りないのでまだはっきりとはしないが、それでも自分の異能は利用の方法がもっとあるのではないかと感じた。
「どうしたのミヤコ君?」
不意に動きを止めたミヤコに、心配そうにツツジが近づいてくる。
その表情は昨日から見てた作り笑いとは全く違って、本当に心配しているのが分かった。
真っ赤な顔で汗だくで、額に髪が張り付いて、ふうふうと息を切らして、酷くなさけない下がり眉のツツジは、ミヤコにとって昨日よりもとっても信用できる人のように見えた。
だから、自分の異能について話しても、この人なら受け入れてくれるかもしれないと思った。
「えっと、もしかしたら……もっと早く、選別できる、かもです」