40.ミクちゃんとスイカ
買い物が終わりミヤコたちが帰って来たのは昼の一時を過ぎたころ。
昼食は適当に食べようかとツツジに誘われ、帰り際にパン屋で食パンを大量購入してしまったのは、朝食べたジャムが美味しすぎたせいだ。
ミヤコは無表情ながらも頬を上気させ、食パンが合計七斤入った四つの袋を大事そうに抱えていた。
選べないと言っていたミヤコが自分で選んだパンを見て、ツツジはもっといろんなの物を試してもいいのにと苦笑した。
それでも上機嫌なミヤコの様子を見れば、買ってよかったと思えたようで、帰って早々ツツジはツバキにお昼ご飯もパンだからと高らかに告げ「兄さんって何で時々バカになるの?」と本気で心配されたりもした。
せめて既に切ってあるやつ買って来ればよかったのにぶつくさ言うツバキに、ミヤコがごめんなさいと頭を下げる。
「あ、ミヤコ君のリクエストなんだ。いいよ、だったら好きな物食べた方がいいもんね。でも栄養偏っちゃうからちょっと野菜とか卵とかウィンナーとか用意するから待っててね」
少しお昼ご飯遅くなっちゃうけどと、ツバキはさっそく支度を始めた。
ツバキが昼食の準備をしている間に、また本でも読んでようかと思ったミヤコだったが、そこに慌てた様子のアセビが駆け込んできた。
その姿は着古したTシャツにハーフパンツ、髪も梳かしていいない様子から寝起きのように見えた。
「ねえ、ツツジ! 何か庭が変なんだけど?」
アセビの言葉にツツジが「しまった」と声を上げてリビングから庭に出る。
ミヤコもそっと庭を窺うと、庭の一角と家の壁を濃い緑の蔦が覆っていることが分かった。
蔦の葉は大きく毛深く、そしてびっちりと広がって窓を塞いでいた。
どうやらアセビの部屋の窓がこの蔦で覆われていたため、アセビは慌ててツツジに異変を知らせに来たらしい。
「これ、何ですか?」
思わずミヤコが問うと、庭にしゃがみこんで蔦を検分していたツツジが困った様子で答える。
「スイカのはず……なんだけどね」
そう言いながらツツジが手にしていた蔦を地面に落とすと、蔦はまるで自分の意志を持っているかのように、ツツジの脚を這いあがって、再びその先端をツツジの掌に押し付けてきた。
ツツジはまるで動物のように自分の手に懐いてくる蔦を、優しく握り返して、もう片方の手でぽんぽんと軽く叩く。
それはまるで幼子をあやしているかのよう。
あり得ない光景にミヤコは自分の目をこする。
こすってみたところでツツジがスイカの蔦をあやしている姿は変わらない。
「動いてますよ」
「動いてるな」
驚くミヤコに、アセビが淡々と返す。
「スイカって動く物でしたっけ?」
「普通は伸びる以上は動かないんじゃない?」
成長に伴って動く以外に、こうして人に向かって懐くような動作をするとは思えないと、そう答える。
リビングに駆け込んできた当初よりもだいぶん落ち着いているようだ。
むしろ動くスイカの蔦を見て、何か納得した様子すら見せるアセビに、ミヤコはちょっと不気味さを覚える。
ツバキもミヤコの横に並んで庭を見ながら、不思議そうに首をかしげる。
ミヤコが見聞きしてもそこには怯えや戸惑いはないので、もしかしたら何かしらこのスイカの大繁殖には何か思い当たる理由があるのかもしれない。
「そもそも何でうちの庭がスイカだらけになってるの? 繁殖するのは良いとして、こんなの植わってた?」
やはりツバキもスイカの繁殖自体は問題だと思っていない様子。
「さあ? でもツツジが落ち着いてるなら、このスイカには悪意とか害は無いんだと思う。あとスイカは昨日の種から発芽したのかもね」
確かに昨晩ミヤコたちはスイカを食べたが、普通スイカは一晩でこんなに繁殖することはない。
だがそんなことを不審に思うのはミヤコだけのようで、アセビやツバキは他にもっと大事なことがあると話し込む。
「でもこれツカサ兄さんにバレたら何されるか分かったものじゃないんじゃない?」
すごく嫌そうな声でアセビが言えば、ツバキは確かにと深く頷く。
「あー、ツカサさんは怒らないけどじっとりと胃が痛くなるくらい叱ってきそうですねえ。ちょっとユカリさんに連絡します。ツカサさんには内緒で」
ツカサは駄目だがユカリには知られてもいいらしい。
「うん、お願い。ばれないように慎重に」
「はーい」
こうして二人はこっそりユカリに連絡を取ることにしたようだが、それがどんな意味があるのか、ミヤコには全くわからなかった。