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39.ミヤコ君は選べない

 ミヤコは叔父の家に引き取られて以降、ほとんど自分の物を持つことが無かった。

 来ている服はサイズもあわない着古しのボロ。ズボンなど無理やり穴をあけたベルトで何とか腰にとどめ、三回、四回と裾を折って履いていた。


 靴は流石に買ってもらっていたが、一足五百円もしないウレタンのサンダル。冬ですら学校が貸与という名目で下げ渡していた、卒業生に寄付された上履きを外で使っていた。

 体操服もやはり学校経由で卒業生から。


 みじめという言葉も、それが自分に当てはまるのだという事もミヤコは理解していたが、自分一人が災害で生き残ってしまったのだから、自分が何かを望むのは間違っていると信じ込んでいたミヤコは、それを誰かに訴えることはしなかった。

 今思うとそのミヤコの態度が叔父一家を助長させたのかもしれない。


 最初の頃ミヤコは小さな窓が付いているだけの物置に部屋を与えられた。

 次の年の夏に、庭に置かれたコンテナハウスへと移された。外付けの古いトイレを使うように言われるようになったのもこの頃から。

 この頃叔父の妻の不妊治療が上手く行きそうだと漏れ聞こえた。


 その次の年くらいから、家の風呂を使わないでくれと言われるようになった。

 あまりにも住み心地の悪いコンテナハウスを避け、昇降口が戸締りされるまで学校の図書室に居座るようになった。


 叔父の妻が妊娠して以降は帰っても食事が用意されなくなった。代わりに朝夕二つだけ菓子パンやおにぎりを投げ渡されるようになった。

 パンを渡される時間は叔父の妻の気まぐれで、その時間に起きていないと容赦なく髪を掴んで布団から引きずり出されるので、ミヤコは恐怖に駆り立てられるように早起きするようになった。


 その状態で文句を言わないままでいたら、その内コンテナハウス内に持ち込んだ文房具や教科書を捨てられるようになった。

 叔父の息子は夜泣きが酷かった。


 ゴミ捨て場から回収した回数は数知れず。

 対策として学校に置くようになれば、叔父の妻はミヤコの寝るための毛布や服を捨てようとした。さすがにそれはやり過ぎだと叔父が止めた。

 虐待を疑われるようなことはしてはいけないと。

 手遅れだったが。


 すでにミヤコへの虐待は自治体に通報済みだったが、いかんせん福祉の現場の人手が足りていない自治体だったため、雑な聞き取りのみでミヤコの実態を調査することも無く、叔父夫婦の証言をうのみにして、虐待は無かったとされてしまった。

 それが小学校卒業の数日前。

 ミヤコはその後叔父夫婦に暴力の伴う説教を受けたうえで、卒業式当日はコンテナハウスの中に監禁されてしまったため卒業式には出られなかった。


 衣食住何一つ自由にならなかったミヤコにとって、「新品の私物」を持つという事は、今まで願う事すらかなわなかったことだ。

 昨日今日と、周囲の大人に言われるまま唯々諾々と従っていたが、その行動の先に自分が自分の私物を選ぶことがあるなんて、ミヤコは思っていなかった。


 だが、こうして選んでいいという許可、自由を与えられると、ミヤコはそれに怖気づいてしまった。


「……選べない、です」


 自分の物を持つなんて、そんなの許されることだと思えないと、ミヤコは俯き首を横に振った。


 ツツジは困ったなと苦く笑う。


「じゃあ……僕が選ぼうか」


 ツツジは姉のまとめたリストを見返す。

 文具、靴、鞄、帽子。どれも必需品ではあるが替えの効く物だ。

 ユカリはまずそういった物をミヤコに自分で選ばせろと書いている。


 ミヤコにはあえて一部しか見せていなかったが、その下には学校の授業で使う裁縫箱や書道セット、絵の具セット、彫刻刀、リコーダーなどの文字。

 日本で義務教育を受けていれば誰でもいずれは手にするはずの諸々。

 ミヤコが何一つ持っていない物。

 もしミヤコが自分で選べるならミヤコに選ばせるようにと書かれている。


 さらにメッセージは続き、真新しい寝具、パソコンやスマホ、タブレットなどの電子機器類、そういった値の張る物を欲しがったら、自分で選べるようなら条件を提示して購入する事なども書かれている。


 さらには別に、すでに黒江家で来客用のストックを与えているはずの、歯ブラシ、歯磨き粉、洗面道具、タオル一式、衛生用品を自分で選べるなら選ばせるように、選べないなら必要だと思う物を買うように書いてある。


 すべてに「自分で選べるなら」と付いている事に、ツツジは苦々しい思いを隠せない。


 ミヤコは自分で選ぶことができないのだと、ユカリは確信しているのだろう。

 そしてユカリの確信通りミヤコは自分で選べないと言う。


 ユカリからのメッセージの最後の一文は「買い物に行くなら必ずツツジちゃんが同行して欲しい。ミヤコ君に押し付けない程度で誘導できるのはツツジちゃんだけだから」とあった。


 姉からの信頼に、ツツジは苦い笑いを消して、少し気合を入れる。


「よし、じゃあまずは文具から見よう。いろんなものがあるけど、僕としては機能的で使いやすくて格好良いのが好きだから、そういうのを」


 力強く宣言したツツジに、ミヤコはコクコクと頷いてその後ろを付いて行く。


「きっと君が気に入るものが見つかるよ、ミヤコ君」

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