3.ミヤコ君を事情聴取
この世界での首都は神奈川です。
都の前には大量の食事が用意されていた。
といっても、その大半が冷凍食品だ。
ガスコンロと魚焼き用グリルとレンジとトースターをフル稼働で、三人がかりで用意してくれた、都にとってはもう何年も見なかったご馳走だ。
「どうぞ召し上がれ。遠慮なく食べてね。僕らも一緒に食べるから、何か聞きたいことが有ったら食べながら話そうか。あ、一応食後に胃薬と整腸薬飲んどこっか。たぶん大丈夫だとは思うけど」
正直何も状況が理解できていない。しかし目の前に並べられていく料理の数々に、都の腹は不服を訴えるようにグーグーと何度も鳴いた。否が応でも自分の空腹を自覚する。
都は流されるままにいただきますと手を合わせる。
箸を握り、わざわざ目玉焼きを乗せた冷凍の焼きそばに手を付ける。
温かい焼きそばを口いっぱいにほおばる。久々過ぎる濃い味に都の目が潤んだ。
「そういうのちゃんと言うんだね。ってことは教育はされてるのか。うーん、そう言えば僕君の名前聞いてなかったや。聞いてもいい?」
ツカサたちは箸を握ってはいるが、都が食べるまで料理に手を付ける様子はなく、もっと先に聞いておくべきだったことを今思いだしたとばかりに口にする。
口の中の焼きそばを咀嚼し飲み込んで都は答える。
「都です……」
「苗字は?」
「……太田黒」
「やっぱり……」
都の答えにマコトの眉間に皺が寄り、ユカリの口が小さく開いた。
その苗字に何か意味があるのだろうか。都にはてんで思い当たることが無い。
確かに珍しい苗字らしいと親から聞いたことはあったのだが。
「ね……君ってどこ出身?」
気のせいでなければツカサの表情がより作り笑いめいた、張り付いたようなものに変わった。
都は思わず箸を置いてツカサの質問に答えていく。
「……多分、神奈川」
「今はどこに住んでるの?」
「……えっと」
現在進行形で神奈川に住んでいるわけではないと判断されたのは答え方のせいだろうと納得する都。ただ叔父の家の事を言ってもいいのか迷ううちに、ツカサがまあいいやと勝手に納得して話を続ける。
「うん、多分神奈川じゃないよね。お爺さんとかお婆さんとかこっちに住んでたりする?」
何でそう思うのだろうかと、都は首を小さくかしげる。
行く当てもなく家出したというのはたぶん気付かれてると思うが、都は自分の身元が分かるようなことを口にした覚えは一切無い。
「探す? お爺さんの家、太田黒ってこっちには多いし、多分こっちの人だよね。その間君の事はこっちの県で保護できるように警察とか福祉施設に届ける事も出来るよ」
それは都にとって願ってもない事なのだが、口に出してもいない願望をどうして目の前の誘拐犯が提案してくるのかまるで分らなかった。
言動から少なくとも悪い人ではないのだろうと確信するが、それでもまだ完全には信用できない。
都は戸惑うようにユカリとマコトに視線を向ける。二人は特に何も言わずにただ黙ってツカサとのやり取りを見ていた。
食事の手が止まっているねと、ツカサは自分の目の前に置いてある何かのフライに箸をつける。それに倣うようにユカリは冷凍のチーズケーキにフォークを突き立て、マコトも冷凍のから揚げに箸をつける。
流されるように都も再び焼きそばを食べる。
しばらく無言で食事を続ける。
答えずともせかしてはこない。
居心地の悪さを感じながらも、都は自分の腹の求めるままに目の前の食事を平らげていった。
冷凍のパスタ、チャーハン、グラタン、焼いただけのウィンナー、焼いたお中元で見るようなハム、何かよく分からない揚げ物も多い。
甘味も多いのだが、何故かほとんどユカリが食べている。寧ろ塩味のある物を一切口にせず、ユカリはひたすら甘味ばかりを食べている。
ミヤコはちょっとドキドキしながら、パンケーキの乗った皿を引き寄せると、ユカリがきらりと目を光らせて、自分の傍に寄せていたメイプルシロップを都に差し出す。
「あ、その、それ、よく分からないから……これだけで、いいです」
「そう?」
知っている食品以外はなんだか怖くて。都はそんな言葉を言わずに飲み込む。
人数にして五人前以上は食べただろうか。それでもまだ何か食べたいなと感じるくらいの自分の腹具合に都は驚く。
「やっぱりね、君はもっとご飯を食べなきゃいけないよ」
都の前に胃薬と整腸薬、それにペットボトルの野菜ジュースを置いて、ツカサはニコニコと頷く。
「あ、ありがとうございます」
食事の前に言った通りこれを飲めという事なのだろうと、野菜ジュースを飲む都。これだけジャンクフードを食べさせておきながら、ちょっとだけ健康を気遣うのはおかしく思えて、都は小さく声に出して笑った。
笑う事が久しぶり過ぎて、それは小さなひきつったような音にしかならなかった。
野菜ジュース迄飲み終えて人心地つくと、ツカサは先ほどまでの話を再開した。
「君の身の振り方はさ、ミヤコ君が好きなようにしていいんだよ?」
「どうして?」
都にとって都合が良すぎる話だ。
いきなり捕まって食事を与えられて、それから保護者探し。
何か裏があるのではないかと勘繰ってしまうのも仕方ない事だろう。
「どうして俺に、そんなことしようとするんですか?」
警戒のあまり声がかすれる。
「君を保護するって決めたから」
「……警察に言われてですか?」
最初に野宿場所で捕まった時に聞いた話では、警察からの要請だと言っていた。だから都としてはこの保護して都のために祖父母を探すというのも、そうするよう誰かに言われた事なのだろうと考えた。
しかしツカサは笑みを消して首を振る。
「いや、警察にお願いされたのは保護して一時とどめ置く事だけ。ミヤコ君のお爺さん探したいなって思ったのは僕の勝手。神奈川出身って言ったでしょ? 僕も七年前住んでたんだ」
七年という年月は、都が叔父夫婦の家で暮らした年月。両親が死んでしまったあの災害からもうそんなに経っていたのだと、都は今更気が付く。
ツカサは自分が両親を失ったものと同じ災害を生き延びた人だったようだ。
「ああ……」
都の喉からかすれた嗚咽が零れる。
不信も疑惑もあるものの、七年前の生存者同士、というただそれだけのことで、都はもうこの人を信用してもいいかなと思ってしまう。
だってあの災害は、経験した人じゃないと分からない。
あれはただの災害じゃなかった。
あれは……異界が世界と接触したから起こった災害だった。
思い出されるのは轟々と唸る様に響く水の音。雨は降っていなかった。なのに急に湧き出た真っ黒な水が、それまで会った日常を飲み込みどこか別の世界へ押し流した。
真っ黒な水は濁流では無く、本当に唯々真っ黒な水で、その水に流されたはずの家屋や車、そこにいた人たちは発見される事は無かった。
出現した時と同じくらいの唐突さで引いて行く黒い水。その水が引いた跡にはただただ平らかな地面しか残っていなかった。
自分のルーツであるはずの異界、それが自分の日常を壊した。自分の大事な人たちを奪った。だから自分という存在が酷く罪深くて、悍ましい物のように感じるようになった。
だから自分は報われちゃいけないと思った……。
都は、自分が不幸であると理解して、それを甘受していたい。
これは一人だけ生き残ってしまった都にとって、当然の報いなのだと思っていた。
自分は生き残った悪い子なのだから、悪い子は幸せにはなれないのだから当然だと思い込んで生きていた。
本当は違うと薄っすら感じていたけれど、それでも認めたくなかった。
でも限界が来てしまった。
だから逃げだした。
ああ……報われたくなんかないのに、だというのに、自分と同じように異能を使うこの人が、僕を救おうとする。
ミヤコは七年ぶりにポロポロと涙をこぼし、静かに泣いた。
文字書きからだいぶん離れていたのでリハビリ作品。
本日はここまで。
明日以降の更新は未定。
一日一回は投降したいと思ってます。
なろうのユーザーIDもパスも忘却するような粗忽物なので、文字の打ち間違いも非常に多いかと思います。
誤字報告をいただけたらとても助かります。