38.ツツジとお買い物
朝食が終わると、ツツジはミヤコに外に出かける用意をしてくれと言った。
「今からミヤコ君に必要な物を買いに行こうかと思うんだけど、一緒に来てくれる?」
基本的に生活に必要な物は揃えてあったが、あくまでも間に合わせでしかなく、ミヤコ個人の必要な物は黒江家に行ってから決めようと、それは昨日すでにツカサ達に聞いていたことだったので問題はなかった。
ただミヤコはこれからツツジと二人きりで出かけるという事の方が不安だった。
あまり表情には出ないが、それでもミヤコの引き気味な態度は分かったのか、ツツジはちょっと寂しそうに笑って言う。
「ミクちゃんはこのあとちょっと健康診断があるからねえ、コハナさんが来たらツバキに連れて行ってもらって、コハナさんがお留守番」
今は朝の九時前。コハナは出勤前だ。
ミヤコが無言でこくりと頷くと、ミクが真似してこくりと頷く。
その子横でツバキがミヤコとは違う意味で心配をする。
「ミヤコ君実はね、兄さんは在宅で仕事してるの。今月は三つ締め切りがあるって言ってたけど、大丈夫なの?」
言葉の前半はミヤコへにこやかに、後半はツツジへじっとりと半眼でツバキは言う。
「大丈夫大丈夫。週末ごとだから。二つはもう終わった師残りは明日明後日で済ませれば」
ぱたぱた手を振って答えるツツジだが、作り笑いで返されるとどうにも信憑性が無い。
今日は七月二十四日の水曜日、週末締め切りでそれは大丈夫というのだろうかとミヤコは無表情に首をかしげる。
「え、嘘そんなに僕信用無い? スケの管理は完璧なんだけどね、これでも」
これでもと自分で言うあたり、他人から見てふわふわと信用にかける言動をしている自覚があるのだろう。
ツカサの作り笑いが他人を拒絶するような能面ならば、ツツジの作り笑いは笑顔で周囲を懐柔するような、どこか子供をあやすような笑顔だと気が付く。
やはりこれも悪意ではない、ただミヤコを子ども扱いするからこその笑顔なのだ。
しかし見た目や態度以前に、ミヤコはツツジの仕事ぶりがどのようなものかなど知りようもないので、信用がある無しの問題ではなかった。
こてんと首をかしげるだけのミヤコに、ツツジはしょぼんと項垂れた。
「まあ、おいおいだよね……」
身支度はすぐに済んだ。
着替えは食事前に終わっている。髪は梳かすほどに伸びていない。歯磨きをして軽く顔を洗って、後は黒江家に来た時に履いていたボロイ靴を履くだけ。
ミヤコの靴に、ツツジがちょっとだけ悲しげな顔をしたことを、ミヤコは見ないふりをした。
「お店に着いたらさ、帽子とか上着とか、後靴とか買おうね」
サツキがミヤコを連れてやってきたのは西日本が誇る大型ショッピングセンター、ゆめタウン。
ミヤコに必要な物のリストは昨日ユカリから送られてきたのだと、ミヤコにスマホを見せるツツジ。
「学校に必要な文具類、本人のサイズ確認が必要な靴類、あと気になるものがあるなら鞄とか帽子買っていいって。お金はツカサ兄さんが出すから遠慮しないで、ミヤコ君が個人的に欲しいと思う物を必ず買う事、誰かに押し付けられたのではなく自分で買いたい物を買わせなさいって、厳命されてるんだよね」
ミヤコの自主的な買い物であることが大事だと、かなりしっかりと念押しされた文言がリストの後に続いていた。
ツツジの言葉にミヤコは愕然とする。
「……いいんですか?」
自分の物を持っても良いのだろうか。ミヤコは唇をわなわなと震わせ、もう一度かすれる声で問う。
服は自分の物と言っても寄付された誰かのお下がりだった。ミヤコ今着ている青いTシャツも清潔だが若干の色あせや襟のくたびれが分かる物。
それが今度は新品を自分で選んで、自分の持ち物にしていいという。
「自分の物……選んで、良いんですか?」
「もちろん」
震える声で問うミヤコに、作り笑いの失敗した苦々しい表情でツツジは答える。
「ミヤコ君が選んでいいし、ミヤコ君の物にしていいんだよ」
本日の更新はここまで。
明日以降も一日一回以上の更新を目指します。
明日はスイカを爆発させたい。