35.ツカサさんの深夜のお仕事1
愛情たっぷりに熊本の繁華街を破壊する様を書きたいです。
熊本の繁華街である上通は、下通に比べて夜間に開いている店は少ない。
一本の長い商店街ではあるが、そこに魚の骨のように横の道が何本も通っており、その横の道には夜間営業の店もあが、それでも場所によっては殆ど人のいない寝静まったような静けさがあった。
上通を横断する横の道。そのうちの一つで大きな爆発音が響いた。周囲には人がいないのが幸いし、けが人などは出ていないようだった。
爆発音より数十分ほど時間を遡って。
とある古ビルの一室で、ツカサは安物のスマホで通話をしていた。
「順調そう?」
そう尋ねるツカサの表情は、作ったような笑顔。返事を待って一つ頷く。
「うんまあそうね、まだ初日だしそういう感じなのは仕方ないね。ああいやいや、趣味があるならよかったよ。心に余裕があるってことだしさ。ちゃんと逃げる場所を確保してたんだよね……賢い子だ」
賢い子、そう言った瞬間だけツカサの表情は解けるように優しく、悲し気な笑みを形作る。
しかしすぐに胡散臭いと言われる作り笑いに戻ってしまう。
「うん、入れ込んでるのはそう。だって彼は特別だからね。僕も僕らももう一度命を懸けてもいいと思ってるんだよ。あの時のやり直しをさせて欲しいくらいさ……はは、確かに確かに。今度が有ったら今度こそサトルが死んじゃうね。それは僕が凄ーく嫌だなあ。サトルには死んでほしくないし死ぬんだったら一緒に死にたいなあ」
通話の最中に、ツカサの右手からまるで交通事故でもおこったような激しい衝突音がした。壁越しでも響くその音に、ツカサは僅かに視線を向けるだけ。
ツカサがいるのは古ビルにあるからの部屋。元は何に使われていたのか知らないが、令和の今になっても珍しい煙草のヤニでくすんだ黄色い壁の一室だ。
その部屋には数個の段ボール箱。箱の中身は真空パックにされた植物片。
ツカサは通話をしながら段ボール箱の中身を確かめる。
段ボール箱にはツカサの知らない国の文字で雑な筆跡で注意書きのような物が書かれているが、どこの国の物か判然としない。
「ミヤコ君は別に死んでほしくないって。だから僕らが死んでも生かすんだってば」
ふふっと笑うツカサ。
そしてまたも壁越しに聞こえる破裂音。それは拳銃の音のようにも聞こえた。
「はいはーい、じゃあ僕も忙しいし切るね。じゃあねえ」
流石にこれ以上通話をしているわけにはいかないと、ツカサは嫌そうなため息を吐きながらスマホを切り、そのまま落とすと足蹴にして踏み壊す。
さらには黒い影の触手を使い、壊したスマホ外装を剥がし、器用にシムカードのみを取り出しそれを着ていた真っ黒なジャケットの胸ポケットにしまう。
「はあ……もう面倒くさいなあ。僕だって忙しいんだよ? こんな些末事に煩わされたくないの、もう……違法なお茶の密輸入とか、やることが細やかすぎて馬鹿なのかなって思うよね。でもさ、それが実は異界とのコンタクト取れる人間を選別するための試金石とかさあ、余計バカなんじゃないって思うよね? 世界の罅広げたからって思う通りの物が手に入るわけないのに」
ぼやきつつもツカサはさらに仕事を進める。
ジャケットの内側から一見するとスマホの充電器にしか見えない物を取り出すと。右手の壁の下にあったコンセントに触手を使って充電器を繋ぐ。
ただ繋ぐのではなく、触手をコンセントの内側に送り込んでいる。
そこで何をしているのかは見えないが、触手がうねるとバチバチと火花が散った。
「……即日中に片を付けるなんて言うからだろうが」
それまで黙って入り口をふさぐように立っていたマコトが、ようやく不機嫌そうに声を出す。
「だってえ、早めに処理しておかないとまたシオリさんに怒られる」
肩を落として大きくため息を吐いてツカサは自分の頬を掌で覆う。
「お前がミヤコを巻き込んだからだろう。終わったのか?」
ミヤコを巻き込むのなら怒られるに決まっているとマコトは言うが、ツカサとしてはそれでもミヤコが必要だったと言い切る。
「終わったよ、すぐに火事になるよ。ビルから出て外で待つ? 残党処理一応する? どっちでもいいよ。すでに出口は一カ所除いて閉じてあるから。待ってたら網にかかるよ。あと世界の罅も燃やせばだいたいのことはどうにかなると思うよ。ヒスイがちゃんとそういう魔法作ってくれてるから。ああえっとねミヤコ君の事は仕方ないじゃない。あんなにもはっきり異界の流入物を嗅ぎ分けられる子なんてめったにないよ。ミヤコ君のアレは貴重な異能だ。何だったら単純な戦闘能力よりも使える」
悪びれもしないツカサにマコトは呆れたとため息を一つ。
「大丈夫、本人の意思を尊重するつもりはあるから。黒江家で守りはするけど身内にはしないよ。何よりすでにシオリさんが自分の傘の下に入れちゃったみたいでね……下手に手を出したら、それこそ異能を没収されかねない」
ただの軽口のようにツカサは言うが、その言葉にマコトは眉間の皺を深くする。
異能の没収など普通の人間にできる事ではない。ただしシオリに限ってはそうではないとマコトは知っている。
そしてその異能をシオリ自身が嫌悪していることも。