33.ツカサの家
スイカの一番美味しい時期は梅雨前だと思ってる。
初対面の人間との食事は疲れる。
ツカサの弟三人とツバキにミク、初めての人間五人と一緒の食事中、ミヤコは会話を楽しむことも無く、殆ど味わう事も出来なかった。
ツカサたちとの食事はここまで気にならなかったのに不思議だと、ミヤコは内心首をかしげる。
最初のインパクトが強すぎて、ツカサたちを意識するよりも食事に気が向いていたからかもしれない。
急いで食べて部屋に戻るのも失礼かと、常識的な速度を守って食べていたつもりのミヤコだが、ツカサの弟三人の食事の速度は常識的よりもだいぶん早く、そして食べる量が尋常じゃなく多かった。
その様子から三人にも何かしらの異能があることが察せられた。
今日はミヤコが何を食べられるか分からないからと、時間をかけて多種多様な料理を用意していたらしいが、その大半をミヤコは口にしていない。味も何も想像がつかなかったので、分かりやすい漬け物と野菜炒めだけをひたすら食べていた。
雑なインスタント食品の方が、まだ食べるのに気後れしなかった。
手を尽くして作られた食事の方が食べにくいだなんていうのもはばかられ、ますますミヤコは口を閉ざす。
それでも古漬けの高菜の油炒めがやたらと美味しかったので、思わず米のおかわりをしてしまった。食後に出されたスイカも美味しかったので、一人で半玉分ほど食べてしまった。一抱えもある大きなスイカだったのに。
正直食べ過ぎたとミヤコは反省していたが、よくよく見ていれば三兄弟とミクまでも一人半玉分は食べていたので、ミヤコはきっと熊本の人はそういうものなんだと思う事にした。
食事中ミヤコははい、いいえ、そうですね、分かりません、だけで通した。
仕方が無いからか、三人は自己紹介とミクの説明をミヤコに聞かせることに終始した。
年齢はサツキ、ツツジが同じ歳で二十歳、アセビだけが少し遅い生まれでまだ一歳年下だという。
サツキはジムのトレーナーとして働いており、ツツジは在宅で仕事をしているが何をしているかは秘密。アセビは大学で小泉八雲の研究をしている。
ちなみにツバキはさらに三人より歳下で、今年の冬に十九になる予定だという。
ミクについては先に聞いていた通り、預かっている子、歳は七歳、小学校には週一だけ保健室登校をしている、基本的に体を動かすのが好き、好きなお菓子はマドレーヌとフルーツケーキ、好きな色は赤と緑、好きな動物は猫、好きなお花は黄色とオレンジのわしゃわしゃと赤い背の高い花、などなどを教えてもらった。
食事が終わり、ミヤコがご馳走様の言葉を言うや、話しかけたそうに視線が集まるが、ミヤコはそれよりも疲れたのでもう寝ていいかとツバキに訊ねる。
「まだ、色々なれなくて……すみません」
「いいよいいよ、お疲れさま。あ、そうだミヤコ君お風呂入る? 湯舟溜めるの今からになっちゃうけど。それともシャワーだけ浴びる?」
「あ……えっと」
わざわざ自分のために湯舟に湯を張らせるのも気が引けると言いどもると、ツバキは気にしなくてもいいのにと苦笑しながら説明をする。
「お風呂とシャワー室別々にあるんだよね。ここ広いでしょ? 一緒に暮らす人数多くなったらどうしても時間被るしさ。ミヤコ君の部屋の手前にトイレあるでしょ?そこの横がシャワールーム。因みにシャワールームの廊下を挟んだ向かいはミニキッチンがあるから、そっちも使っていいよ。すぐにお湯が沸く給湯器とお茶のパック用意してあるからね。カップもそこの使って」
随分と待遇が良い。というよりも、ミヤコはこの感覚を知っている。
トイレと風呂と食事を別に用意された環境は、隔離というのだ。
胃を掴まれたような気持ち悪さを感じた。
ミヤコはできる限り声に感情を乗せないようにツバキに答える。
「あの……シャワーだけ、使わせてもらいたい、です」
「うんわかった、じゃあ着替えは」
「あ、持って来てます。タオルも、貰ってて」
用意される前に食い気味に答える。
着替えと風呂で使うためのタオルだけはすでにツカサたちに貰っていた。だから問題はない。
「そっか、じゃあ大丈夫だね。石鹸とシャンプーはシャワールームにあるからね」
「はい、ありがとうございます……あの、おやすみなさい」
「うん、おやすみなさい、ミヤコ君。
ミヤコの答えにツバキはちょっとだけ困ったような表情をしつつも、それならこれ以上はおせっかいかなと、ミヤコが部屋に帰るのを見送った。
リビングから廊下に出て扉を閉めると、ミヤコは着ていたTシャツの胸元を掴みしゃがみ込む。
気持ちが悪かった。笑顔で、悪意無く、ミヤコのために手を尽くしてくれているはずなのに、何故か酷く気持ちが悪く感じた。
ミヤコの与えられた部屋はツカサの部屋だったという。そのツカサの部屋は、日当りこそいいものの、何故か豪邸の奥の部屋で、長い廊下の先にあった。
その部屋の周辺だけで生活のほとんどが完結できてしまう、そんな作りになっていた。
あれはツカサを隔離していた部屋だ。
何故そんな部屋をミヤコにあてがうのか、ミヤコはその真意が分からなかった。
「ああ、ツカサさんたちが言ってたの……このことなんだ」
悪い子ではないがデリカシーがあるとは言えない、そう言っていたツカサたちの言葉が思い出され、ミヤコは痛む胸をそっと抑えた。