32.ツカサさんの弟
「何で……近付いたの、分からなかった」
音も、匂いもしなかった。真後ろに立たれても、声を出すまでミヤコはこの男の存在に気が付いてなかったのだ。
自分の五感が人よりも優れすぎていると自覚があるミヤコは、その五感に一切引っかからなかった男に、ただひたすら困惑し怯えていた。
それは虐待相手に対する怯えとは違う、経験のない本能的な恐怖。
生理的なショックでミヤコの顔から血の気が引く。
自分が感知できない存在。ミヤコにはそれが人の様には感じられなかった。
青黒い灰色のぼさぼさの髪。成人男性にしては身長が低く痩せている。肌の色が不健康なまでに白いのは日に焼けていないからだろう。
顔立ちは前髪が長くのばされていて判然としないが、口元は少しユカリに似ていた。
襟ぐりの伸びたTシャツと脛迄のパンツを履いている。いかにも服装に頓着しない性質であると見えた。
ミヤコの顔色に気が付きツツジが慌ててミヤコをぶら下げたまま男から距離を取る。
距離を取りつつ男とミヤコにそれぞれの紹介をする。
「この子はツカサ兄さんが保護した子だよ。しばらく家で預かることになったんだ。ミヤコ君って言うんだよ。ミヤコ君、この人はアセビ。ツカサ兄さんの実弟で、ちょっと特殊な異能を持っているから、異能で五感の拡張を行ってる人間には認識されにくいんだ」
「認識されにくい?」
その言葉は何処か聞き覚えがあり、ミヤコはまじまじとアセビを見やる。
すると先ほどまで感じ取れなかったアセビの体臭や呼吸音が、今度ははっきりと感じ取れるた。
五感が阻害されるようなこの違和感に、ミヤコは覚えがあった。
「ツカサさんと同じ……」
役所に行った時にツカサが言っていたのはこうゆう事だったのかと、ミヤコはようやくアセビへの警戒を解いた。
「同じじゃない、あの人のは副次効果で純粋な肉体の感覚器官に対するジャミング。他人に認識されにくいだけ。俺のは異能に認知されないのがメイン効果。されにくいんじゃなくてされないようにできる。ステルスってやつ。意識して使ってる」
異能について説明されるも、ミヤコには全く理解の及ばない話だ。しかしツカサが体そのものの感覚に対しての効果で、アセビの異能は対異能のステルスだという事は分かった。
その説明聞いたあと、ミヤコはもう一度アセビを見直して気が付いたことがあった。
自分の五感は異能で感覚が強くなっている以外にも、普通の人間の五感と変わりない程度の見え方、聞こえ方があると。
異能を意図的に防がれていた状態でも、異能に頼らないように意識をすれば、普通にアセビの事を見る事も声を聴くこともできているのだ。
「すみません、あの、変なことして」
いきなり警戒をして逃げたのは失礼だったとミヤコは謝るが、アセビはそんなことどうでもいいよとため息を吐く。
「大丈夫、アセビはいつも動物に似たような対応されてるから、あんまり気にしてないはずだよ」
アセビが無言で繰り出した拳がツツジの腹に吸い込まれていく。
ミヤコの肩に手を置いたまま膝を折り床に蹲るツツジ。必然的にミヤコもその場にしゃがみこむ。
「こらアセビ、人を殴るなら他所の人巻き込まないところでやれ」
サツキが凶悪な顔面で眉を吊り上げサツキを叱る。
本当に叱る所はそこでいいのだろうかと思いつつも、ミヤコは二人のやり取りを見守る。
ふっと、ミヤコは首をかしげる。アセビを警戒するという事は、猫ってもしかして異能を使っているのだろうか?
本日の更新はここまで。
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