319.聖女エーデルと世界の魔法
棒庵坂傍の井戸の中に人がいることを発見したその日の夕方。
クロノス社の社長室には、ツカサ、ユカリ、サトル、クロエ、クロノ、シロノの姿があった。
ミヤコの精神的な負担を考え、井戸の中に人が居たことを確認して直ぐにクロノス社での待機をするよう諭し、その後クロノス社に直接アセビが迎えに来て黒江家へと帰された。
人を助けられないことに罪悪感や精神的苦痛を感じるミヤコに対して、もう少し気を使った方が良かっただろうかとツカサは凹んでいたが、ユカリは仕方ないよと苦く笑った。
それから井戸の中の人物を無事、とは言い難いが救出した後、社長室で今日の出来事をエーデルと同郷のクロノたちに説明をすることになった。
「結論から言って、棒庵坂下の井戸の中にいたのが、嘆きの聖女エーデルでした」
ユカリがさらりと言う。
詳しい説明はこれからだ。
しかしクロエにとっては見知った人物。救助をしたという一方だけで充分喜ばしい物だった。
「良かった……見つかって」
しかし安堵するクロエに、ツカサが安堵は早いと言わんばかりに言葉を続ける。
「そして、エーデルが夢に巣食う蜂の女王蜂のいる巣を抱え込んでいいたよ」
クロエの表情が厳しくなる。
夢に巣食う蜂は聖女を殺すほどの力はない。
しかし、それは聖女に危害を加えることができないというわけではないのだ。
数が多ければ、聖女が弱っていれば十分に致命傷になりかねない。
あえてミヤコやシオリたちにはその辺りのことを聞かせていなかったが、クロエは蜂に付いて十分知見があったので、エーデルがどれほど危険な状態であったかが理解できた。
「こっちの世界に落ちて来たエーデルさんには、蜂を駆除できるほどの力は残ってなかったけど、最期の力を振り絞って、夢に巣食う蜂を自分の中に閉じ込めてたみたい。女王蜂が表に出ていないから、蜂が女王蜂に餌を届けることができない、つまり女王が新しい蜂の卵を産めない状態にしていたんだろうって、これはシロノがね」
エーデルの延命にのみ特化した力ならばさもありなんと頷くクロノ。
それ以外の部分が気になるクロエ。
サトルの膝の上で丸くなっている白い毛玉を睨むように見やる。
「先に聞いていたの?」
「ん、サトルの元にいたためにこちらに先に知らせが来た。故に己が見解を述べた」
シロノは別にクロエに従うわけでも、クロエの要望を聞くと言うわけでもない。
ただクロエの傍にいれば安全かつ安心して天寿を全うできる今の環境を良しとしているのだ。
その中でも特に、クロエの親戚のツカサが連れて来たサトルと言う人物が、自分の存在をより安定させることを知って以降は、サトルにばかり懐いていた。
お返しとして、多少の知識を対価無しに渡すこともしている。
だからクロエが自分にはそんなにほいほい話してはくれないのにと、恨みがましく見てくるのも、シロノは理解したうえで取り合わなかった。
クロエの不満を横において、ツカサはさらに続ける。
「意識も結構すぐ取り戻したよ。すごいタフだね? 右の手足がなくなってるのに」
ツカサの言葉に今度こそクロエは息を飲む。
聖女エーデルが窮地に陥っていたのは察していたが、まさか四肢を失う程の状態であった事や、数週間もその状態で一人暗闇に放置されていたとも思っても無かった。
いくら聖女エーデルが生存に長けた聖女だとしても、それが特異な状況であるように思えた。
「そんなことあり得るの? 向こうでも、ただ眠って生きる時間を長らえていただけのように見えたけど」
「嘆きの聖女とか言われて、ずっと聖女やってきた分聖女としての力は相当強かったらしくて、こっちの世界でも命張ればなんとかできそうだからやってみた、ってさ。それと魂の波長がほぼ僕と同種。そのせいで熊本とは相性が良かったみたい。魔法のためのマナを井戸っていう特殊な場所を利用して、世界の内側から引き出すこともしていたみたい。つまり、熊本城の井戸だからこそできた、今は昔の奇跡の魔法だね。それでも傷口を塞ぐことがせいぜいで、その後はずっと肉体を休眠状態にしてたそうだよ」
熊本城は魔法の衰退したこの世界の中でも、比較的魔法の残滓の色濃い場所。
そしてツカサはそんな熊本の魔法の要を押さえる黒江家の当主。
そんなツカサと似ている魂を持っていたエーデルが、世界に誤認され魔法を使う事が出来たのは幸運な偶然であり、ある意味必然だったのだろう。
クロエは納得し、深く深く息を吐く。
「そりゃあ似てるよねえ……ああ、似てるともさ」
自分の顔をつるりと撫で、クロエは苦く呻く。
そんなクロエを膝の上からクロノが笑う。
「つうか、お前に似てるから次代をエーデルに選んだくいだしな。お前に似てんならツカサにも似てるわな。どうせ黒江司は同じひな形で出来てんだから」
癇に障るクロノの笑い声に、クロエは無言でクロノの頭を鷲掴んでで黙らせた。
本日の更新もこれだけ。
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