317.黒江家の人柱
銃くれの井戸の幽霊に、ミヤコは話しかけてみる。
「こんにちは」
幽霊はぱくぱくと口を開くが、ラジオのノイズ音のような音が聞こえるばかり。
怪談の内容からすれば、きっと話が聞けるはずとミヤコは思っていたのだが、実際はそう簡単ではないらしい。
―――じゅうくれ……じゅうを……―――
ノイズの中に、かすかにうめき声のような声が聞こえた。
「銃、持ってないです」
ミヤコが困ったように答えると、銃くれの井戸の幽霊も困ったように眉をしかめ、手を顔の傍まで持ち上げて首を横に振る。
どうやら銃が欲しいと言いたいわけではないらしい。
それでもミヤコが会話を試みてくれているからか、必死に何かを喋ろうとする。
喋ろうとしても特定の文言しか言えない様子。
「何か妙に耳が痒い。虫が耳に入った時みたい」
ツカサが自分の耳を抑えて眉をしかめる。
ミヤコが驚いてそちらを振り向けは、その後ろで待機していたサユキも耳を抑えて頷いている。
どうやらミヤコ以外にも僅かに幽霊の立てる物音が聞こえる者には感じられる音だったようだ。
「ミヤコ君、もしかして幽霊?」
先ほどの銃声の事も有り、それが幽霊の仕業なのかとユカリがミヤコに問う。
「はい、何か言ってるみたいだけど、聞き取りにくくて」
答えるミヤコに、ユカリは思い当たることがあったらしく、ああと頷く。
「うん、死んで時間が経ってる幽霊だとそうなるってエモトさんも言ってたね」
つまり銃くれの井戸の幽霊は、昔はもうちょっとはっきり聞こえていたのだろう。
しかし時代が進むにつれて、今は多少幽霊を知覚できる者だけが聞こえる声になっているようだ。
しかし喋る内容が「銃をくれ」に固定されているのは何故だろうか。
銃くれの井戸の幽霊は悪意も敵意も無く、ただ何か訴えたいことがある様。
ミヤコとしてはもうちょっとスムーズに言葉を交わせるのなら、相互に意思疎通も出来たかもしれないと悔しく思う。
そんなミヤコたちの傍に、またも別の幽霊が立った。
「あ、何かちょっと古めかしい感じの服の人が」
服装は和装。
しかし中に襟の付いたシャツを着ているし、帽子をかぶって足元は靴を履いている。
ちょっと薄く緑がかった濃い灰色の着物の形や着こなしも、近代の物である様に見える。
少しサツキに似た顔立ちの男性だ。
肩幅も広く、近年では珍しい真っ黒な髪と瞳をしている。
ミヤコはじいっと着物とシャツの幽霊を見る。
ふと思い出すのは、以前熊本城を観光で訪れた時に聞いたサツキとツバキの会話。
薬研彫りに埋めたというサツキの曽祖父がこの人なのではないかと思えた。
着物とシャツの男が手を招く。
ミヤコはそちらに近寄り耳を傾ける。
「新手?」
「はい、何か訴えたいようです」
幽霊の正体は確定ではない、だからミヤコはあえて言わなかったが、それでも気になってチラチラとツカサを見てしまう。
「何か変な事言ってるの?」
「えっと……」
着物とシャツの幽霊は、ミヤコに向けて何かを訴えるように口を開く。
聞き取りにくいがどうやらこの井戸の中を見て欲しい。異界の浸潤が起こっている、と言っているようだ。
―――井戸の……暗きを見よ……世界の浸潤……水の湧き出でるが如く―――
イントネーションがやけに平板ではあるが、方言の混じらない標準語準拠の文語。
ミヤコは耳を傾けて幽霊の言葉を聞き取ろうとする。
「何を言っているの?」
「井戸の中を見ろって。異界の浸潤って言ってます」
ツカサの焦れるような声に応え、ミヤコは二人の幽霊が揃って指をさす井戸へと視線を向けた。
本日の更新もこれだけ。
明日も一回更新です。
明日は3月1日。
お菓子の香梅の初餅の日です。
3月はわらび餅です。森野は本日予約します。
たぶんユカリさんも予約してます。




