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312.熊本城と心霊スポット

 時間にして十分ほど、それがミヤコが聞きなれないクマゼミの蝉時雨に慣れるのに必要とした時間だった。

 慣れてしまえば楽なもので「意識して聞かない」状態を維持することが出来た。

 帽子はユカリに返し、ミヤコは先を歩くツカサに付いて行く。


 厩橋を越えて、立派な神社の横を過ぎ、見上げるほどに高い石垣の横を歩いて、高い木々の下の涼しい道を行く。


「こっちも結構色んな施設あるんだけどねえ。博物館とか、野球場とか、細川刑部邸とか」


 夏休みだと言うのに、歩く人の姿は少ない。

 イベントがあるときはどっと人が増えるとユカリは言うが、そのイベントとやらは今日は行われていないらしい。


「さっきの神社で餅撒きとか豆撒きとかする時はねえ、歩けないくらい人がいるし、秋になったら細川刑部邸のライトアップの見学のためだけに、シャトルバスが出るくらいなんだよ? 毎年そこで売ってる蒸かしたてのいきなり団子が美味しいんだあ」


 微妙に食べ物に関する事ばかりのような気がするなと、ミヤコは首を傾げる。

 それと妙に気になる単語が一つ。


「ほそかわぎょーぶてー?」


 熊本で細川と言うと、肥後藩の藩主をしていたり、子孫が総理大臣をしていたりするお家ではなかっただろうか。


「昔の偉い人の家。今はちょっと修理中で入れないけど、結構格好良いよ」


「うちにちょっと似てるよねー」


 ツカサが答え、ユカリが補足する。

 黒江家に似ているという事は、分かりやすく由緒正しい日本建築なのだろう。

 それならば観光地になるも納得とミヤコはこくこく頷く。

 蝉の声は気にならなかったが、ミヤコはちょっとだけ周囲を見回し、直ぐにツカサの背に視線を戻す。

 と言うか、ツカサの背中以外見ている余裕がなかった。


 ツカサがどんどん進んでいくと、ミヤコはどんどん口数を減らしていく。


「何か感じる?」


 シオリが心配そうにミヤコの背に手を当て顔を覗き込む。

 ミヤコの額にはびっしりと玉の汗が浮かんでいる。


 シオリがミヤコを気にかけ声をかける様子に、先を歩いていたツカサとユカリが慌てて振り返る。


「え? もしかしてやっぱり体調悪くなってたりする? ここからだと休憩できる場所って少し歩かなくちゃいけないよ、どうしようか」


「タクシー呼んだ方がいいかな? マチナカからだと結構すぐ来てくれるしいいよね」


 すぐに座れる場所が無いと、ツカサは眉を寄せミヤコの肩を抱く。

 ユカリもスマホを取り出しタクシーを呼ぼうとするが、ミヤコはそうじゃないと首を横に振る。


「……いっぱい幽霊がいて、何か、凄いです」


 ミヤコは視線を地面に向け、周囲を見ないようにしながら小さく返した。

 ミヤコの言葉に、その場にいた全員が納得する。


「あー……」


「そう言えば……いるんですよね様々な時代の人が」


 唸るシオリにシオリの記憶から聞いたことありますありますと頷くルイ。

 サユキとカンナも周囲を見て互いにうんうんと頷く。

 ツカサも周囲を確認しながら、自分たち以外は時折早足に過ぎていく人ばかりなのを見ながら困ったように頬を搔く。


「サトルもエモトさんも何かそう言ってた気がする」


 見えない人間から見たら、ここは単純に人家のない、石垣や大きな木々の影になったほんのり涼しい場所。

 見える人間からしてみれば、まるで祭りの人だかりのように、興味津々にミヤコを覗き込む、次代がかった町民や村民、侍と軍服姿の人間の集まり。

 中にはびしょぬれ泥まみれの、どう見ても近代の水害被害者だろうと思われる姿もちらほら。

 百を軽く超えるこの人数の幽霊が、ミヤコたちがゆるゆると歩いているうちに、ミヤコに気が付いて寄って来たのだ。


 害意は無いらしく、不思議そうにミヤコを囲んでみて見たり、中にはお調子者なのか、ミヤコの前に飛び出して、心配そうに肩を抱いてくるツカサと重なったり、胸の辺りからひょっこり顔を出して脅かそうとしてくる者もいる。

 そんな「のぼせもん」には、別の幽霊がガツンと拳をぶつけて引きずり引き離したりしている辺り、節度は守ろうとしてくれているのかもしれない。

 それにしても数が多い。


 ミヤコはたった今上官らしき勲章の多い軍服に引きずられていった若年の軍人っぽい人を、チラッと見遣る。

 すると若年の軍人は嬉しそうに目を見開き、ミヤコに向かって手を振った。

 笑った口の端には、ミヤコによく似た牙が覗いている。


 ミヤコはそれを見て、少しだけほっとする。

 悪意はない、害意も無い、何だったら、ミヤコに対して親しみを覚えてちょっかいを駆けようとしていたのだ。


「……大丈夫、です、たぶん」


 慣れれば何とかなるかもしれない。

 ミヤコはぐっと唇を噛み、顔を上げた。


 しかし、視界いっぱいに広がる幽霊たちの笑顔に、ミヤコはやっぱり無理と顔を覆って蹲った。

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