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30.ミヤコ君とやっちゃいけない事

 少し沈黙があり、再びツバキが口を開く。


「あー……ちなみにですね、先ほどのミクちゃん……黒江の遠縁の娘さんで、黒江とはまた違うんだけど異能がちょっと強くでちゃったせいで、気味悪がられてほとんど人に会う事が無くって。言葉を知らないわけでもないんですけど、あんまり他人と会話をする気が無いというか……自分の喋り口を否定する人を拒否するというか……彼女には黒江家の話はしてないんですよ、ね」


「あ、はい、わかりました」


 だから今聞いたことは彼女には話さない方がいいという事だろう。ミヤコはそう捉えた。


 ミクの境遇に思う事はあった。むやみに虐げてくる相手に対して、無言を貫くというのはミヤコにも覚えのある行動だった。

 酷くなってくると自分が相手と同じ言葉をしゃべっているのかわからなくなって、相手の言葉を真似て繰り返すだけになる事もあった。


 とにかく口に出せる語彙が消えていく。ミヤコも過度なストレスで言葉がでなくなり、はい、いいえ、すみませんだけで一月ほど過ごしたこともあった。

 それをするとたいていの大人は馬鹿にするのかと激高し、子供は気持ち悪いと嗤って手を出してきた。

 幸いにして保健室の先生がミヤコの様子に気が付き、しばらく保健室預かりとなったため、ミヤコの言葉は戻ったのだけれど……。


 思い出したくもない事を思い出して都は胸を押さえる。


 苦しむように胸を押さえるミヤコに、ツバキは慌てて話を止める。


「……ごめんなさい、この話はもうしない。ミヤコ君にとっても辛い話だったね」


「いえ、大丈夫です」


 そう答えるミヤコの表情は特に何も感じていないといった様子の無表情。ツバキはそれをじっくりと見つめ、僅かにほほ笑む。その笑顔はツツジとそっくりな作り笑顔。

 それがミヤコを怯えさせないようにする、精いっぱいの気遣いだと分かった。


「それじゃあ、私はこれで。うるさくしてしまってごめんなさい。夕食の時に呼びに来ますんで、それまでご自由に過ごしてくださいね」


 ツバキが部屋から出ていくと、ミヤコはひっそりとため息を吐いた。

 人という物はストレスを感じると発汗したり、匂いが僅かに変わる。ミヤコはそれをかぎ取ってしまう。

 ツバキの話のいくつかに、嘘、もしくはあえて誤魔化している話があるのをミヤコは感じていた。


 ミクの話はだいぶん誤魔化していたのだろう。たぶんミクはミヤコと同じような虐待を受けていた子供だと、はっきり分かった。

 そしてツバキはミヤコが大丈夫だと言うとそれに対して酷く苛立たしいようだった。


 ツカサの独断でこの家に虐待児を集めて保護しようとしているというのも、若干の嘘があるように感じた。

 多分ツカサが個人的に思い入れのある人間だけを保護しているのだ。

 子供の養育というものが金も時間も手間もかかる物だという事は、ことある毎に文句として聞かされていたのでミヤコにもよくわかる。

 ただの慈善でやるようなことではない。


 聞きの良い話に直さなくても、ミヤコはそれくらいわかっているし、気にもしていない。


「ああ……そっか、気にしてないから、怒られるんだ」


 それは中学の保健室で言われた言葉だった。

 本当はミヤコはもっと怒っても悲しんでもいいんだと。でもそれをするほど今のミヤコは心の体力がないのだろうと。

 いつか心に体力がついてきたら、今まで感じなかった怒りとか悲しみが急に湧き出してくるかもしれないが、それは過去の物で、既に過ぎてしまい取り返しもつかない。

 もしミヤコが一人でいる時にその怒りや悲しみが湧いてきてどうしようもなくなったら、自分に手紙をくれと、保健室の先生はミヤコに住所を渡したのだ。


「……持ってくればよかった」


 あのとき貰った紙は、もう捨ててしまっていた。

 叔母は時々掃除と称してミヤコの住まうコンテナの中を家探ししては、ノートや鉛筆と言った学校で使う物を持って行ってしまう事があった。

 叔母が買ってくれたものではないのだから、完全に窃盗なのだが、叔母曰く、何処かからミヤコが盗んできたものかもしれないから、仕方なくばれないように処分しているのだと。


 叔母がそういう行動をする時は、たいてい叔母の息子が言う事を聞かなかった時や、ママ友というにはギスギスとした関係の相手に嫌味を言われて気が立っている時だった。

 せっかく不妊治療をして授かった子供への不満を、どこかに転嫁しなければやっていられなかったのだろうとミヤコはそれを甘んじて受け入れていた。

 ただ自宅の敷地で虐待を行っているとすっかり噂になっているのに、本人たちは隠し通せてると思っているから余計に叔母のママ友たちは叔母を忌避し、遠ざけるようなことを言っていたのに。


 だから現在進行形で使っている文房具はほとんど学校に置いていた。ミヤコだけは教科書を学校に置き弁しても怒られていなかったのは、きっと教師も気が付いていたからだ。


 特別扱いというよりも、触ってはいけない物という感じではあったが、悪意ではなく善意で守られていたのは感じていた。

 だからミヤコは嫌いな人はいても、自分の周囲が全て敵だとは思わない。


「別に……俺の事心配しなくてもいいのに」


 ミヤコとしてはたくさん人に親切を貰うと困るのだ。

 返せるものが何もないのに、何故こんなに親切にされてしまうんだと戸惑いが胸を占めた。

本日の更新はここまで。

明日以降も一日一回以上の更新を目指します。

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