29.続、訳あり続柄
時間にして二分ないくらいか、ミクとツツジの二人が去った後に、ツバキがぱたぱたとミヤコの部屋へかけてくるのが聞こえた。
部屋の扉が申し訳程度にノックされると、ようやくミヤコは動き出す。
扉を開けるととこにはやはりツバキの姿。
「今! 兄さんとミクちゃん来ませんでしたか!」
「あ、向こうに」
ガラス戸の外を指さす。開きっぱなしだ。
ミクとツツジ二人の姿はすでにないものの、その開かれたガラス戸だけで何かしら察する物があったのかツバキはがっくりと項垂れる。
大きなリアクションは先ほどまでの楚々とした様子とは似ても似つかない。
「あー、やっぱり。ごめんなさい、騒がしくしちゃって」
大きくため息を吐くと、前髪をかき上げミヤコへと申し訳なさそうな視線を向ける。
ミヤコが手に持つノウゼンカズラに気が付くつと、ツバキの申し訳なさそうな視線は柔らかく溶けた。
「いえ、大丈夫、です、でも」
大丈夫なのだが、ミヤコとしてはなんとなく気になる単語を聞いた気がする。
「……兄さん?」
特に問うつもりではなかったが、そんなミヤコの疑問の声を拾い、ツバキは苦笑いしながら答える。
「あー……うちは複雑でして、ツツジは私の実兄で、こちらの御本家に養子入りしてるんです。あ、その花飾るにしてもしおれるの速いと思うから、何か加工しますか?」
ツバキはミヤコの持つノウゼンカズラを長持ちさせる気らしいが、それよりもミヤコはさらっと流されそうな後半が気になった。
続柄が面倒くさいツカサの話はすでに聞いていたのだが、さらにややこしい事になっているらしい。
ツカサは妙に家に帰ってくることはないと主張していたが、それにこの続柄が関係しているのかもしれない。
ツカサを基軸に考えると、ツカサの兄弟である三人の弟は、ツカサの養子縁組したツカサの祖父の子供という事になる。年齢的に三人の弟も揃って養子なのだろう可能性があると感じた。
「あ、はいお花はお願いしたいです、えっと……けどあの、養子とかその、そういうのって、話して大丈夫なんですか?」
ミヤコはツバキにノウゼンカズラを差し出しつつ、こんがらがったようなツカサの親戚関係を自分という他人が聞いてしまってもいいのかと警戒する。
「はーい、じゃあこのお花押し花にでもしましょうか? 色がきれいに残るならレジンの方なんですけど、レジンそのものが紫外線で変色しちゃうしなあ。やっぱり押し花かな。押し花しちゃいますね。ドライフラワーだと壊れやすいし。あ、養子のお話ですっけ? 他所では気まずい話になるかもしれませんが、黒江家はちょっと色々と特殊で、そういう養子縁組しまくってること隠してないんですよね。すっごくオープン。特に今のご当主であるツカサさんはお体が悪くて子供を作れないので、今後は養子入りした兄たちの子をツカサさんの養子にして本家を継がせるっていう予定なんですよ」
ツカサやユカリと同じ平板のマシンガントークをかますツバキに、これは間違いなく親族だとミヤコは妙な納得感を覚えた。
「だからそういうのって聞いていいんですか?」
醜聞になるのではと聞くことを遠慮したはずなのに、なぜかさらにでっかい爆弾を全力投球された気がして、ミヤコはツバキから数歩距離を取る。
ツカサは今のところ独身らしいが、もし結婚して夫婦勘に子供が出来なかったらどうなるかミヤコは知っている。
何せ叔父夫婦は子供が出来ずに長年苦しんでいたという。
ミヤコの両親よりも五年先に結婚したものの長らく子供に恵まれず、何故かミヤコを引き取った後に不妊治療を開始して長男を授かった。
今年の夏に夏休みと同時に急に家族旅行に行ったのは、その長男がようやく旅行にも行けるくらいに成長したのだし、まだ幼稚園児の内に小児料金で楽しめる行楽を満喫しようと、最も混む時期を回避するためにお盆休みを前倒しで取得したからだと聞こえていた。
可愛い我が子のためなら引き取った親戚の子を虐待で通報されるリスクを忘れるほどらしい。
そんな我が子を持てないというのは、色々と人様に開示していい情報ではない気がする。
しかしツバキはそんなミヤコのドン引きには気付いていないようで、手をパタパタと振ってちょっと困った世間話程度のノリで話を続ける。
「いいんです。黒江家の本家って、昔からかなり直系じゃなくて分家からの養子が次の当主ってなってるんで」
「そうなんですか?」
「そうなんですよ、基本的に黒江の当主になる人ってお飾りの名目当主でもなければ短命で、長生きしても子供ができることが滅多にないんで。代替わりも激しいんですよね。ツカサさんの前のご当主は長生きでまだご存命なんですけど、それ以前は三回くらい当主在位十年未満って感じですよ。特に酷いのがですね、三代前のご当主が、確か大学生くらいで当主になられて、それで一年未満で亡くなっちゃったんですよね」
「ええ……」
何だろうかこの呪われた一族は。ミヤコは頑張って言葉を飲み込んだ。
ただツバキの様子から、本当にそういった明らかに尋常ではない一族というのは隠していないのだろう。
先ほどのツカサとシオリの会話が思い出される。二人は黒江家を嫌っていた。
確かにこんなに呪われた一族だと知ったらミヤコもちょっとお世話になるのを遠慮したくなった。
「これも黒江の宿命とはいえなかなか厳しいですよねえ」
頬に手を当てふふっと笑うツバキ。
ミヤコとしてはどう反応するのが正解かもわからず、ただもう一二歩ツバキから距離を取る。
「言っておきますが、一応この話をミヤコ君にする理由はあるんですよ?」
あまりにもミヤコとの距離が開いてしまったのを見て、ツバキは少しだけ真面目な顔を取り繕って理由を口にする。
「黒江家でミヤコ君をお世話することになったら、きっとそういういやあな話をチラチラ聞かせてくる人がいると思うんで、先に暴露しておこうかなと。黒江家って結構恨みつらみを買ってることもあるんですよ。別に悪い事はしてないんだけど、何と言うか人に嫌われることをしてるって感じで。だからこそ黒江家でお世話してる子に嫌がらせのような言葉をかけてくる人は絶対にいます。ええ絶対に」
「そ、そうなんですか……」
あまりにも強く言い切るツバキの様子は、自分がされて嫌だったことを力説しているように見えた。
実の兄が親戚の老人の養子になっているのだから、きっとツバキ自身の実体験として続柄のややこしさで嫌がらせを受けたことがあるのだろう。
「そうなんです。呪われた一族なんて口さがない事を言う人もいますけどね、一族の人間、というか当主以外には基本的に問題はないんで。寧ろ黒江家の人間って当主になる人以外滅茶苦茶長生きの人多いですよ? 今現在黒江名乗ってる親戚で百歳超え三人居たりしますからね」
「そ、それはすごい、ですね?」
呪いが無いとは言わない。ミヤコはツカサの手にまとわりつくような黒い靄を思い出す。
あれはとてもよくない物だと感じた。だがあれは異界の物ともちょっと違った。
呪いと聞いて真っ先に思い出すあの黒い靄。あれはきっとこの世界の物だ。
この世界の黒江家の呪いは、きっとあれなのだ。
だからツカサは……。
「ええ凄いですよ。だから大丈夫です。あとミヤコ君の事も信用しているので、たぶんこの話を聞いて他所様にペラペラしゃべることも無いだろうって聞いてますね」
ツバキの自慢げな声に、ミヤコは俯かせていた顔を上げる。
何故そんなに信用されたのかわからないが、ユカリがミヤコなら受け入れるだろうと感じたのは、きっとミヤコがツカサの異能をすでに目にし、自身でも体験しているからだろう。
見えないところから伸びてきた影が、象ほどもある生物を一瞬で絞殺せるほどの異能。
あれを得るためだったと言われれば、ツバキに聞いた複雑な家庭環境も納得してしまいそうだ。