2.ミヤコ君とご飯
ツカサに連れられて白いワゴン車に乗せられた。ワゴン車の中には先客がいた。
ツカサを捕まえた二人とは似ても似つかない、おっとりとした顔立ちと雰囲気の白髪の女性だ。
こうして見比べると、ツカサと女は二十代でも前半で、マコトは二十代後半か三十代くらいかもしれないと思えた。
都の感覚では匂いや細かな特徴、耳や眉の形に血縁を感じられ、女を含め三人は兄弟か親戚か、近しい間柄のように見えた。
「子供? どうしたのツカサちゃん、こんな子供を誘拐してくるなんて。何かあったの? 怪我? 病気? 見せて見せて、すぐに治すから」
女は車内で腰を浮かしてすぐに車を降りようとするが、ツカサがそれを押しとどめる。
「いいよそのままそのまま、ごめんね出張から帰って来たばっかりなのに呼びつけて。車出すからその間話し相手してて。えっとね、色々言いたいこともあるんだけど……明るい所でこの子見てみてよ」
そのまま都は車に乗せられ、ドアが閉められてようやく黒い紐の拘束が解かれた。
黒い紐はまるで煙のようにふわりと溶けて消えた。
女はすでに都を上から下までじっくりと見まわしているが、何かに気が付いたという様子はない。ツカサの言葉の意図が分からず首をかしげている。
「車出すからシートベルト締めてねー」
都が何かを言い出す前に、車の助手席に乗り込んだツカサが注意を促す。
「……どこに行くんですか?」
誘拐にしては脅す言葉も無く、それ以上に異界の血というツカサの発言が気になっていた都は、恐る恐るツカサに訊ねる。
車がゆっくりと走り出す。
「近くにある拠点にしてるマンション。君痩せてるしご飯食べた方がいいと思うからさ、後お風呂入らない? 服も着替え用意するね。たぶんだけど家出とかそんな感じでしょ? だいじょぶだいじょぶ、僕たちの会社ってそういう子を受け入れるお仕事してる所とも連携してるから。警察から野宿してる子供がいるから保護して欲しいって来たんだよ。ほら君みたいな見た目の子ってだいたい状況察して余りある感じ。で僕の異能って体感してもらって分かると思うけど、ただ単純に拘束するだけじゃなくてさ、人の異能をある程度抑える力があるから、絶対に逃がさずに捕獲できるんだよね。あ、そうだ僕まだ名乗ってなかったと思う。僕は黒江司、ツカサって呼んでね。運転してるのはマコト、従兄弟。君の横に座ってるのはユカリ。僕の妹。似てないけど双子なんだ。優しい子だから何でも我儘言っていいよ。僕らみたいな大人の男が怖かったらユカリにだけ話してもいいから」
どっと押し寄せるように返された言葉に、都は言葉を失う。一つを聞けば十返る。そんな勢いのマシンガントーク。
とりあえず思ったのは、大人の男が怖かったとしても、ツカサの事を怖いと思う人間は少ないのではないかと言う事。そして女の名前がユカリだという事。
敵意とか害意とかそういうものが驚くほど感じられない。終始ニコニコと楽しそうな笑顔のまま。だからこそとても不気味な人だと都は感じていた。
「異能……」
確かに都には異能と呼べるだけの力があった。それは人よりも優れた五感。
ただ五感があるからと言って、ツカサの言うような異能を押さえて捕獲される謂れは無いと思った。
そんな不服の混じる都のつぶやきに、ツカサは車の座席から無理やり身をよじって振り返り、しっかりと都と視線を合わせる。
「え? あるよね? たぶんだけど五感だけじゃなくて君の膂力は一般的な人間よりも強いよ。ただ栄養が足りてないから、本来の力の十分の一も発揮できてない感じ。たくさんご飯食べなね。僕が言うのもなんだけど、食事をしっかりとらなきゃ異能ってただのお荷物にしかならないんだよね。君を拘束した時に確かに強い抵抗があったもの。あれだけの抵抗があるんだったら、本来の君に必要な栄養はたぶん一般的な子供の倍じゃ利かないよ。君はもっとご飯を食べるべきだね」
つらつらと言い募る割に熱のこもらない平坦なツカサの言葉に、都はやはり不気味な人だなと小さく身震いした。
車が止まったのは十二階建てのそれなりに綺麗なマンション。
車から降ろされる前に、ツカサによる拘束が腰回りに巻かれるも、今回は手や口まで拘束するつもりはないらしい。
都はほっと一息溢す。
「いきなり捕まるのはやっぱり怖いよね。ごめんね。でもこれも君に必要な処置なんだ。たぶん大丈夫だとは思うけど、異能とか異界返りっていう容貌の子供はよくいじめにあっててね、精神的に不安定だから暴れたりしちゃうことがあって。あ、でもね、君がそういう風になったとしても、それは君のせいじゃなくて周りが君を大事にしてなかったせいだから、君は自分を責めちゃ駄目だよ、絶対に君のせいじゃないんだからね」
都のため息をどうとらえたのか、後ろについて来たユカリが必死のフォローを入れる。ツカサほどではないがユカリも一度喋ると多くを言葉にするタイプの様だ。
悪い人ではないのだろうと、都は「大丈夫です、気にしません」と返す。
都の言葉に、しかしユカリは悲し気に眉をしかめた。
明るい所で都の容姿を確認したからだろうか、ユカリは車に乗っていた時よりも、やけに都に対して痛ましげな表情を向けていた。
「君は……たくさん我慢してたんだねえ。ごめんね、気が付いてあげられなくて……もっと早く、見つけてあげなきゃいけなかったね」