28.ミクちゃんとお花
「あ、太田黒、都です」
事前に名前を聞いているはずだが、まるで今初めて知りましたと言った様子でツツジはミヤコの挨拶を受ける。
人当たりが良さそうな態度だが、どこか作り物めいた演技臭さがあった。それがどことなくツカサと似ていると感じた。
「ミヤコ君かあ。君もここで生活するの? 綺麗な髪の色だね。ミクちゃんが好きな花と同じ色だ」
ミヤコはじっとツツジの表情を見ながらその様子を確かめる。
この黒江家に突然放り込まれたミヤコを歓迎しているのか、それとも品定めにやって来たのか、その表情からは読み取れない。
ツカサが時々見せる作り笑いよりも少し自然な作り笑いだ。
「えっと……あり、がとうございます」
ツツジも花の名前で花のような色の髪をしているのだから、花という例えはきっと印象の良い例えなのだろう。ミヤコは取り合えず礼を言っておく。
とたんミクがツツジの脇腹を押しのけながら庭へと駆け出した。
「いっ、ちょ、ミクちゃんどこ行くの?」
肘でわき腹を押しのけられた痛みからか、蹲りながらツツジがミクを呼び止めるが、ミクはツツジのことなど眼中にない様子。
広い庭の端まで走り、そこに咲いているつる性の植物の花をブチリと千切ると、ミクはそれを持ってまたミヤコの部屋まで戻ってきた。
「ん!」
一音だけ発し、ミヤコに向かってノウゼンカズラの花を差し出すミク。
「え……あ、えっと、ありがとう?」
ミヤコの髪の色というには随分と柔らかい色合いのオレンジ色の花を、ミヤコは両手を出して受け取る。
するとミクが大きな瞳をさらに大きく真ん丸に見開き、次の瞬間には目を糸のように細め満面の笑みを浮かべていた。
「ふふー」
満足気に笑いながら、嬉しそうにツツジに飛びつくミク。
いまだ脇腹を押さえて蹲ってたツツジの背におぶさり、くふくふと息を漏らして笑っている。
ミヤコが花に例えられたことへの礼をのを聞いて花を持ってくるという事は、これはミクなりの友好の証なのだろう。
ミヤコはじっと手の中の花を見る。言葉は通じないが好き嫌いは分かる。きっと悪い子ではないし、自分と相性が良いと言われたのも納得だ。
自然とミヤコの口の端が持ち上がる。牙が覗くのを恐れて、ミヤコはとっさに口元を腕で覆う。
「……ごめんね、この子あんまり喋るの得意じゃなくて。でもミクちゃんがいきなり懐くなんて珍しいなあ」
ツツジはミクを背にしたままゆっくりと立ち上がる。ミクもそれに離れているのか、落ちないようにしっかりと肩に手をかけぶら下がる。
ツツジにぶら下がりながらミクが言う。
「猫!」
「猫?」
この家には猫を飼っている様子はないのではとミヤコは首をかしげる。
ペットを飼っている家には必ずあるはずの獣臭は何処にもない。だというのに目の前の少女はもう一度「猫ー!」と繰り返す。
繰り返される言葉を不思議に思ったのはツツジも同じだったようで、きょとんとしながら都と視線を合わせ、そして何かに気が付く。
「ん? ああ、猫と同じ目をしてるね。キラキラで綺麗だね」
「ふふー」
ミヤコの目の事だろうと解釈したか、ツツジは綺麗な目だねとミクに返す。満足げにミクが笑っているので正解だったのだろう。
ミクはやりたいことはやったとばかりに、満足気に笑った後はツツジの背から降り、走ってどこかへ行ってしまう。
しまったとツツジがミクを追いかける。
追いかけながらミヤコを振り返りせめてもの挨拶を投げる。
「ごめんね、来たばっかりなんでしょ? 騒がしくしちゃったよね。後でまた紹介してもらうと思うから、その時はよろしくね」
怒涛の勢いでさって言った二人に、またあとでの挨拶も出来ず、ミヤコは茫然と立ちすくんでいた。