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25.ミヤコ君と豪邸

 和風の家の前庭、玄関へのアプローチの長さにミヤコは叔父の家を思い出す。田舎の元農家の家なので、敷地だけはやたらと広かった。

 けれどこの黒江の家の前庭と叔父の家の砂利をみっちり敷いただけの前庭を一緒にしてはいけないなとミヤコは首を振る。

 笹か竹か分からない植物で丁寧に石畳の道の両脇を固めているし、高さを変えて葉の色の濃さも意識して配置された木々は、実際よりも空間を広く遠くまであるように見せている。

 所どころに配された石だったり苔だったり色の付いた足下付近の草だったりは、前庭全体に緩急をつけて景色を飽きさせないように作っているようにも見えた。


 玄関にたどり着けば、そこでユカリが呼び鈴を一鳴らし。

 すぐに家人が対応に出て来てくれた。


「お帰りなさいませ」


 引き戸を開いて都たちを出迎えたのは、穏やかにほほ笑むユカリと同年代かそれより若い女性だ。綺麗系というよりもかわいい系のおっとりとした目元をしている。丁寧に一つにまとめているが綿菓子のようにフワフワとした髪が妙に幼く見え、熟れたナンキンハゼのような赤い瞳と、血の気の薄い白い肌が雪兎のようだとミヤコは感じた。


「ただいま、すぐにこの子を部屋に案内してあげて」


 ユカリは自分の背後を付いて来ていたミヤコを掌を向けて指し示す。ミヤコはぺこりと頭を下げる。


「こちらがお預かりする?」


 ミヤコのちょっと獣っぽさを感じる容姿を目にしても、女は特に嫌悪をを示すことなくニコニコ笑顔を保っている。


 おっとり系の女性の背後から、もう一人背の高いキリっとした眉のヘアバンドをした女性が現れた。いかにも気の強そうな紫色の目が印象的な三十代くらいの女性。

 髪質は違えどどちらも近年なかなか見ない見事な黒髪だ。

 何かの作業中だったのか、エプロンを身に着けてをタオルで拭いている。


「あ、すみませんこんな格好で。お帰りなさいユカリさん」


「ただいま。いいよ仕事中だったんでしょ。この子太田黒都君。ミヤコ君、こちらはツバキちゃん、コハナさん」


 おっとりした目元の女性がツバキ。ヘアバンドの女性がコハナだと紹介をする。

 二人はミヤコによろしくねと微笑みかける。


「それじゃあまずは室内に上がりましょっか。ユカリさんゆっくりされて行きます?」


 ツバキに促されて玄関に入る。

 古い和風建築なので上がり框が高い。リフォームされていると言われても、正面から入ると廊下のあるいかにも昭和中期の建築だなと感じさせた。


 玄関のすぐ右に小さな洋間が有り、トイレがあった。それが使用人用の待機室なのだとミヤコは以前読んだ本で見た覚えがある。

 つまりこの家は使用人を雇う前提で立てられている、正真正銘の豪邸なのだ。


 ユカリは勝手知ったる自分の家とずかずか上がり込み、正面廊下の右手にある部屋へと入る。

 日本家屋を無理やり洋間に作り替えている家特有の、元襖のための梁などの名残が有るので、そこの部屋が洋間であることは分かった。


 ミヤコも慌てて付いて行く。

 コハナはミヤコたちが来るまでやっていた作業に戻り、ツバキは付いて来るようだ。

 洋間はやたら広い事と家具がどう見ても高級品なことを除けば、一般的な家のリビングルームと変わらない、一面は庭に面したガラス張りで、一面はキッチンダイニングへと続きになっている、白い壁紙にフローリングの床の洋間だった。

 奥がキッチンと繋がっているらしく、水音が聞こえてくる。コハナはどうやら夕食支度をしていたらしい。


 ユカリはリビングに置いてあるソファに腰かけると、自分の隣をポンポンと叩き都を呼ぶ。


「こっち座りなよミヤコ君」


 ミヤコがおずおずとソファに座るのを待って、ツバキもキッチンへ向かう。


 ソファの色はほとんど白に近い灰色で、自分が座ったら汚れるんじゃないかと身を小さくして接触部分を減らそうとする。


「そんなに緊張しなくて大丈夫なのになあ。あ、そうだ名前以外も紹介しとこう。ツバキちゃんは今年から住み込みで家政を任せてる、私たちの従姉妹。コハナさんは今まで通いで家事をしに来てくれていたお手伝いさんで分家の娘さん。でね今年からちょっと分けあってミヤコ君以外にも一人預かってる子がいるから、ツバキちゃんに住み込みしてもらってるの」


 もう一人預かっている子、というのは初耳な気がするのだがと、ミヤコは勢いよくユカリを振り返る。ユカリは話してなかったっけ? と首をかしげる。

 思い返せば話の節々にそれっぽく感じられることも無くも無かった気もするが、明確にもう一人子供を預かっていると聞いたのは今が初めてだ。


「家の事で何かあったら二人に言うといいから。あ、何か大掛かりにお金がかかりそうなら、ツバキちゃんに言ってね。学業に必要なら結構なんでも用意するよー。学校で使うからパソコン買って、とかでもいいよ」


「さすがにそれは……」


 何でもの範囲が大きすぎるとミヤコは首を振る。

 一ヶ月一万円で食い繋げと言われていたミヤコに、そんな高額な物をねだる度胸などない。


 話しているうちにツバキがミヤコとシオリのために詰めたい麦茶をグラスに入れて持って来た。

 ペットボトルのお茶を無造作に渡されるのとは違う事に、ミヤコは地味に感動する。


「お茶飲んで少し落ち着いたら、ミヤコ君のための部屋にいこ。ツバキちゃん用意してくれてたんだよね?」


「はい、以前ツカサさんが使ってた部屋を片付けました」


 何気なく交わされるユカリとツバキの会話に、ミヤコは飲んでいた麦茶を吹き出しかけるも、何とか押しとどめ代わりにひどくむせ込んだ。


「あらら大丈夫?」


「だい、丈夫です……でも、ツカサさんの部屋」


 なにも人の部屋を奪い取ってまで住まわせてほしいわけではない。ミヤコはツカサの部屋なら自分が奪うような真似はしたくないと慌てる。


「いいんだよ、端っこの方だけど日当りがいい部屋だったし、使わないと埃積もっちゃうだけだしねえ」


 だから大丈夫だよと、ユカリはちょっと寂しそうに笑った。

本日の更新はここまで。

明日も一日一回以上の更新を目指します。

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