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22.キラキラのケーキ

「濃ゆい」は熊本の方言です。

スイスは熊本の有名なケーキ屋です。

スイスのケーキでお勧めはリキュールマロンですが二十歳未満は食べてはいけません。

 スイスというのは熊本で有名なケーキ屋の事だとシオリがミヤコに説明している間に、ツカサは袋から取り出した箱を丁寧にテーブルに並べ、箱を開けて中身を見えるようにする。


「ぐ、これは卑怯ですよツカサさん」


「ふふ、どれがいい? いっぱい色んなの買ってきてるから好きなの選んで選んで。一人二つね」


 シオリの追及が無いことを再度確認し、ツカサは席を立ちすぐに三人分の皿とフォークを取り出してきた。

 皿に自分の分だろうシュークリームとミルフィーユを乗せる。

 皿にはどこかの絵本で見たことのある青いジャケットの兎の絵。この拠点で使う食器はどれもファンシーで可愛らしい物が多いので、きっとユカリの趣味なのだろうとミヤコは一人納得する。

 ユカリは四つあるケーキの箱の中を覗き込みながら、真剣な顔で選んでいる。


 その真剣な視線を追って、ミヤコも箱の中のケーキを見る。

 自分には関係のない物、どこか絵本の中の物のように感じていたキラキラした色彩がそこにあった。

 ミヤコはちょっとだけ息を飲む。


「じゃあフランボワーズで。あとチョコレートのを、あ、そっちの三角形の苺が乗ってる方です。ロールケーキとか四角いのじゃなくて……うう、でもちょっとレモンのも気になる」


 先ほど一緒に饅頭を食べていたはずなのだが、シオリもミヤコもまだまだ腹に余裕があるのを感じていた。

 シオリはいくつか種類のあるチョコレートケーキでも好きな味があるようだったが、ケーキなど給食に出てきぱさぱさの安物しか分からないミヤコには選びようがなかった。


「はーい、じゃあミヤコ君は?」


 ツカサにどれがいいかと聞かれてもう一度箱の中を覗くも、キラキラの色彩と見たことのない形状のケーキにちょっとひるんでしまう。


 そう言えば両親が生きている時にミヤコが食べていたのは、苺とクリームのケーキばかりだった。キャラクターとのコラボ商品とでも言うのか、ケーキよりも箱やおまけがメインだったなと思い出す。

 ケーキを見つめて黙り込んでしまったミヤコに、シオリが自分のお勧めと言って一つ指さす。


「チョコレートの濃ゆいの苦手じゃないなら、その丸い、円筒形のケーキお勧め」


「あ、はい、多分、濃いの大丈夫です」


 食べた事は無い。しかし今まで苦手な食べ物が無かったので食べられるだろうと、勧められるままに円筒形のチョコレートケーキを選ぶ。


「じゃあミヤコ君はそれと、桃のタルトにしない?」


 タルトは僕のお勧めねと、ツカサが勝手に取り分ける。

 皿の上にはツヤツヤとしたチョコレートケーキと、柔らかな薄紅の桃のタルト。

 ツカサに差し出されたその皿を受け取り、ミヤコはちょっとだけ口元を緩める。


 自分で選べはしなかったが、ミヤコのためにと二人から選んでもらったケーキは、ミヤコにとってとても美しい物のように感じた。

 たくさん並んだ冷凍食品とも、色んな色のレトルトカレーとも、ただ落ち着く甘さだった饅頭とも違う、ミヤコのために選ばれたケーキ。


 ミヤコがじっとケーキを見つめていると、買い置きしてあったペットボトルの紅茶をツカサが持って来た。


「お茶ペットボトルのしかないんだけどいい?」


「ありがとうございます。十分です」


「ありがとうございます」


 ミヤコはお茶を受け取ってもまだケーキを見つめている。

 そんなミヤコの様子を横目に見ながら、ツカサとシオリはさっさと自分の分を食べ始める。


「やっぱり美味しいですよねここのケーキ」


「だよねー。ここ焼き菓子も美味しいから今度買ってくるね。個人的にはシフォンケーキホールを手でちぎりながら食べるの好き」


「また贅沢な食べ方を」


「贅沢できる御身分ですもん、僕ってばー。ミヤコ君にも今度丸ごとのシフォン買ってきてあげるね。今度一緒に贅沢しよう。異能を意識して使うとお腹が減るんだよ。ユカリとかシオリさんみたいなタイプはそれで極端に栄養失調になったり貧血になったりするんだよね。そういうのって嫌でしょ? だから食べよう食べよう。美味しかったらまた今度買ってくるから勿体ないって思わなくていいよ。何度でも食べようね」


 まだケーキを見ていたミヤコにツカサが言葉をかけると、ミヤコはツカサを見やり「今度……」と復唱する。

 また今度がある。またこうした見たことも無いケーキを一緒に食べようとツカサは言う。ミヤコはそれが何故かたまらなくうれしく感じていた。


 フォークを手に取り桃を突きさす。一層濃くなる桃の匂い。口運べばいつも以上にはっきりと感じる酸味や甘味。

 食事を多くとるようになってから、ミヤコの五感は今まで以上に冴えているようだった。

 今までも感じてはいたが、それを脳が処理できていなかったのか今よりも何処か曖昧な感触。それが今ははっきりと形を取ってミヤコの目の前にあるようだった。


「美味しいです」


 ほうっと深く息を吐きながら呟くミヤコに、ツカサもシオリも穏やかに頷く。


「うん、良かったねえ」


「美味しいって大事よね」


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