20.シオリさんの弟
当事者のはずのミヤコが口を挟む隙の無い、熾烈というにはのんびりのらくらした応酬。
ツカサの様子にミヤコは、そんなに誤魔化さなきゃいけない事をさせられていたのだろうかと不安になる。
自分がツカサに言われて行ったことと言えば、ちょっと不安を感じさせるような異界の気配について言及した程度。
しかも明確に危険だと思われるような事は無かったとミヤコは思っている。
何せ普通に営業していた店で提供された飲食。そんなにすぐに人に悪影響が出るようなら、警察だの保健所だのがとっくに動いているはずだ。
というのはミヤコが拠点に帰ってきてから気が付いたこと。それまでは何か良からぬものを食べてしまったのではないかと不安になっていた。
そもそもミヤコの五感は人より優れていて、人とは違う物を見聞きできるとしても、それが正確に何であるかまでは特定できない。
本当に異界の物であったか確認できるとは、ミヤコ自身も思っていなかった。
「わざわざ検査をしなきゃいけないようなものを持ち帰るっていうのは、十分に危険な行為なんですよツカサさん」
「うーん、危険かどうかを調べるだけだからさ、まだその段階では危険だとは言えないと思うんだよね」
のらくら言い逃れをするツカサに、シオリはわざとらしいくらいに大きなため息を吐いた。
「詭弁ですね。何かしらの不都合を生じる可能性がある、それこそが危険だというんです。それとですね……母から話を聞いてミヤコ君の事を弟も心配してたので、気を付けてください。本当に異界の侵入って言うだけで不安になる人はなるんですよ?」
ふっとツカサの作り笑いが溶けるように、へにゃっと眉が下がった。
「ああ、うんそっか……そうっかあ」
ツカサのしみじみと呟くようなその反応に、ミヤコは不思議に思いシオリに問う。
「シオリさんは弟がいるの?」
隠すことでもないと、シオリはすぐに答える。
「いるわ。でも母の再婚相手の連れ子よ。ミヤコ君と同じ神奈川の災害に遭ったの」
「あ……」
神奈川の災害はツカサがミヤコを気にかける原因だ。という事は、シオリの弟もツカサにとっては気にしている相手なのだろうことが察せられた。
ツカサは神奈川でのことをあまり多くは語りたがらないが、同じ経験をした人間に対して強い思い入れがあるらしい。
ミヤコもまた同じ物を見てしまったので、ツカサが感じているどうにかして同じ災害の生存者を助けたいと思う気持ちも分かった。
シオリは急に黙り込んでしまったツカサと、波及するように眉を下げたミヤコに対してもう一度深々とため息を吐く。
「弟はね、母と義父の再婚が決まって我が家に来た時、夜眠れない状態だったの。ミヤコ君もそういう風に困ってるんじゃないかって、凄く心配してた。……異界の侵入っていう事象は、それだけで多くの人を不幸にしかねない。だから……ミヤコ君には近付いてほしくない」
見ず知らずの人間が心配していると言われてもピンとは来ない。それでも異界に対して恐怖しているシオリの弟の気持ちも、ミヤコは共感してしまう。
ただ本当にツカサに言われてやったことに、ミヤコは危機意識を持っていなかった。そこまで心配されることだと思っていなかった。
ミヤコが言葉を探して表情の薄い顔を右に左にと向けている様子を見て、シオリは盛大なため息を吐く。
「困らせたいわけではないのよね」
ミヤコが返せる言葉を探しているうちに、シオリはあっさりと話題を変えてしまう。
「ミヤコ君って自習は得意? 勉強の進度を見るにしても、合わせるためには多少自習も必要になってくるからさ」
多少無理やりな話題の転換だったが、ミヤコはそれに有難く乗ることにした。
「家に帰れなかったとき、だいたい学校で勉強してたから大丈夫」
自習をすることについては問題ないと、ミヤコにしては珍しくはっきりと言い切る。
宿題なども家に持ち帰ることが出来なかったことや、私物や他者からの褒め言葉を貰えない代わりに、テストの点数という相対的な評価値に自分の価値を見出していたこともあり、ミヤコは勉強をすること自体は嫌いではなかった。
遊ぶ相手もおらず、遊びに使える道具を持っていなかったことも、勉強に逃げる要因だったように思う。
「そう、じゃあ勉強は心配しなくてもいいかな? 後聞いておきたいことは……」
それじゃあとツカサが手を上げる。
それならばシオリはハイどうぞとツカサに掌を向ける。
「えっとねえ、それじゃあ僕の方の用事いい?」