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1.ミヤコ君の夏休み

 その日、太田黒都は家出をした。

 数日の旅行に行くと言って叔父夫婦は都一人を家に置いて行った。正確には、家の戸締りをきちんと済ませ、一万円だけを都に渡して出かけていった。


 都の住んでいる場所は土地だけはやたら広い田舎の家の敷地の端っこに置いてあるコンテナハウス。遮熱も保温も有った物じゃない過酷な住処。トイレは外付けでコンクリートの壁の和式、流石に水洗トイレだったが随分と古い。曾祖父母が昔農家をやっていた時の物らしいと聞いていた。

 家自体は曽祖父母亡き後に、叔父夫婦が祖父母から名目としては借りて住んでいる。リノベーションもしっかりしてあるので外見はいかにもな和風建築だが、中身は冷暖房もネット回線もバッチリの現代の家だ。


 その資金は都の家族の保険金と、災害見舞金だと都は知っている。

 叔父夫婦が都を引き取る時に、養育資金として得た物のはずだ。

 養育資金がまともに養育に使われなかったとき、どこに訴え出ればいいのか、都はまだ知らない。

 中学校ではそんなことは習わない。


 叔父夫婦とその息子が旅行に出かけるとき、酷く馬鹿にした顔をして、都を蔑み一万円札を叩きつけるように都に渡した。穀潰しだが死んだら困るからと。

 渡された一万円は数日分の食費ではなく、夏休みいっぱいそれで過ごせと言われていた。


 都は中学二年生。十三歳。


 児童相談所が何の役にも立たないことは分かっている。学校から何度も通報が行っているはずなのに、都の元に来る相談所の大人とやらは、上面の質問だけをしてすぐに帰って行った。


 ご飯は食べている、一人で過ごすための部屋がある、病気になったら病院に連れて行ってもらえる、怪我を伴う暴力はない、清潔にして洗濯された服を着ている。だから虐待は無いと判断された。

 たとえ一日パンを一個、おにぎりを一個であろうとも、たとえその部屋が夏は灼熱、冬は極寒であろうとも、たとえ熱が有ろうと病気であると気が付かなかったと言い訳されているとしても、たとえ体を洗うのが庭の蛇口から出るただの水であろうとも。


 もちろんそんなことをしていれば周囲も気が付くのだけれど、都の叔父夫婦は都を虐げているわけではなく、距離を取っているだけだと言い張っていた。

 そして周囲の大人も、そんな叔父夫婦の言い訳を半分ほどは納得していたように都は感じていた。


 都は人よりも、少しばかり異界の生物に近い姿をしていたから。

 金色の目は周囲の明るさで瞳孔の大きさを変え、長く伸びた犬歯は僅かに唇の端からはみ出している。

 五感は多少人より優れている。幽霊のような実体のない物を見る事もある。

 ただそれだけ。でもそれだけで十分都は人に忌避される存在として扱われていた。


 だから都は家出をした。

 叔父から渡された一万円はほとんどを移動代に使った。

 まだ都の両親が生きていたころに、母方の祖父母が住んでいると聞いていた九州に行こうと思った。

 叔父は父の弟で、父方の祖父母は都の境遇にうすうす気が付いていながらも助けようとしない。母の家の名字を名乗った父の息子である都の事が嫌いだからだ。


 九州に行く理由は祖父母に会いたいからではない。もしかしてと思わなくも無かったが、それ以上に強く惹かれる理由があった。



 たどり着いたのは、自称九州のおヘソ熊本県。

 都はここからどうしたものかと思案する。

 とりあえず行くべきところは警察だろうか。

 一万円だけ渡され遺棄された未成年者という立場だし、この辺りならまだ何かしら対応してもらえるかもしれないと思ったから。


 学校の保健の先生が言っていた。

 熊本県には二十四時間電話相談を受け付けてくれる、異界返りの子供を預けられる施設があるのだと。

 先生は気を使って預けると言っていたが、それは言い方を変えると、捨て子が出来る施設が存在しているというニュアンスだったと都は感じていた。


 九州は昔から異界の浸食が多く発生している地域で、それ故に異界からの流入者との混血が進み、稀に強く異界の血を引いた見た目や能力を有した子供が生まれるのだという。

 だからこそそういった、一般の人間と異なる容姿や能力の子供を保護する福祉制度が整っている県が多い。


 特に熊本県は、他者の怪我や病の平癒を促進させる異能持ちが多く産まれ、それ故に赤十字の先駆けとなる組織が生まれたとも言われている地域だった。

 異界からの浸食による異能は、何も悪い事ばかりではなく、人間にとって有益な事もあるのだと示してみせた赤十字の功績は、歴史の授業でも学ぶほど。

 だからこそ熊本では異界からの流入者や異能に対する保護活動が盛んだった。


 都はできればそういった場所に預けられたいと考えていた。


 思っていたのだけれど……。


 熊本駅を出て、ちょっと野宿をしていたら、朝になっていきなり見知らぬ人間に捕まっていた。

 都の身体は黒い靄がかった紐のような物でグルグルに巻かれていた。丁寧に口まで塞がれている。


「わあ、本当に異界の血が強い子みたいだ。この子僕の影が細部まで見えてるみたい。普通先端の方は靄に見えるかほとんど見えないはずなんだけどねえ」


 男にしては高く、女にしてはハスキーな声で佳人は言う。しかし都はそんな彼の言葉よりも、自分を縛り上げる細く黒い謎の影から目が離せなかった。

 近代に入ってからは日本ではめったに見なくなった真っ黒な髪と瞳をしている。

 彼の後ろには似通った顔立ちの、しかしはっきりと男性的な骨格をしたごく薄い灰色の髪の男。彼共々何故かやたらと髪が長い。


「おいツカサ、その子供は怯えているだろ。いきなり縛り上げるんじゃない」


 彼の名はツカサと言うらしい。やはり男性なのだろうと都は考える。骨格も細く女性的に見えなくもないが、都の特殊な五感にはツカサは男性だと感じられていた。


 とはいえ、今の状況ではツカサが男だろうが女だろうが大した意味はない。

 それよりも都ですら理解できない謎の異能で腕が体に沿うように縛られ、そのせいで寝ていたベンチから立ち上がる事すらできないでいた。


 ただツカサの声には敵意を感じない。後ろの男も同様だ。

 都は二人が何をしようとしているのか、目で耳で探ろうと集中する。


「怯えて……どちらかと言うと観察されてるっぽいよ? けどまあいいっか」


 都が怯えてるとはちっとも思わないようで、ツカサは黒い紐状の影を操り縛り上げた都を引き立たせた。


「君、ちょっと僕と一緒に来てよ」


 にこりと、それはそれは綺麗な顔でツカサは笑う。その後ろで灰色の髪の男が額を押さえながら苦々し気にため息を吐く。


 どうやら都は面倒な人間に捕まってしまったらしい。


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