17.怪しいお茶
食事は表向きは和やかに終わりを迎えようとしていた。
運ばれてきた量はメニューの写真よりやや劣ってはいたが、ミヤコはそんなことにも気付かず、必死に異変は無いかと緊張しながら食べていた。
「普通に美味しかったねえ。後はお茶とフルーツとスイーツだ」
「緊張しすぎて味、よく分からないです」
腹は満ちたが美味しいと感じられなかったと、ミヤコはげんなりと項垂れる。
こんなにも肉を大量に食べたのは生まれて初めてだというのに、味に感動をする暇が無かった。
ツカサはランチを一通り堪能した後、食器を下げてもらい食後のお茶をいただこうと店員に頼む。
しばらくして運ばれてきたお茶屋スイーツがテーブルに並ぶと、それまでしおれるように俯いていたミヤコが、店員が離れるのを待ってツカサに小さく告げた。
「……ツカサさん、このお茶です」
異界の気配がするのは、ツカサの目の前にあるやけに鮮やかな赤いお茶。
季節のブレンドハーブティーとメニューあった物だ。
ミヤコはごくりと唾を飲む。
店に入った時はわずかに匂う程度だった異界の気配。今は目の前のカップから明確に、この世界の物ではない何かの気配があった。
今までなんとなくで感じていたものだったはずの異界の存在が、今は何故か妙にはっきりとした異物のように感じて、ミヤコの額に冷や汗が浮かぶ。それは以前見た異界産の植物が異常繁殖していた公園で嗅いだ匂いによく似ていた。
甘酸っぱい匂いがする。その奥に僅かな腐臭じみた匂い。ミヤコは掌を鼻に当てるがすぐに離して取り繕った。
ツカサが一貫して普段と変わりない様子を演出しているのだから、店に気が疲れてはいけないのだろう。
「わお、これかあ……飲まない方がいいかな? うん、もしかしたら人間に良くないタイプの異界の流入物かも知れないなあ。ちょっと持って帰ろっか」
言ってツカサは鞄の中からポケットティッシュと小さなスポイトを取り出すと、手早くティッシュでカップの縁を拭くふりをしてスポイトでお茶を吸い上げる。吸い上げたお茶はポケットティッシュのパッケージに隠しながら鞄の中へ。
その後何気ないふりでお茶を飲むふりをしてカップを口元に近付ける。
飲まずに匂いだけを確認して、表情を笑みに固定したままミヤコに告げる。
「今からお茶、落としちゃうから驚かないでね?」
言うが早いか、ツカサはソーサーにカップを戻し、ケーキのためのフォークを取るふりをして手の甲で弾き床にカップを落とした。
「あ……すみません! やだ、弁償しなきゃ!」
カップが割れる音に気が付きすぐに寄ってくる店員に、ツカサはいかにも女性のようなふりをしながら謝る。
「ああ、大丈夫ですよお客さま、そのままで、すぐに片づけますんで」
「いえ、すみません、食器の弁償をします。お値段を教えてください」
「いえいえ、大丈夫です」
「でもお店の大事な道具ですし」
弁償をすると言うツカサ、気にしなくて大丈夫ですよと返す店員。その茶番を、ミヤコは冷や汗をたらしながら無言で見ているしかない。
周囲の客はトラブルを察して視線を向けてくるが、ツカサも店員もどちらも責任の所在を押し付け合うような険悪な様子というわけでもないため、すぐに興味を無くすか、野次馬的にやり取りを眺めるばかりだ。
「すみません、あの、本当に、すみません」
「大丈夫ですよ。それよりお連れさんにかかったりはしてませんか? 火傷になったら大変」
「あ、本当だ、大変。ミヤコ君かかった?」
急に話をふられても、事態に付いて行くのがやっとなミヤコに言える言葉なんて決まっている。
「いえ、あの、大丈夫、です」
ミヤコにかかっていないならよかったと、ツカサも店員も同じようにほっと胸をなでおろすが、ツカサのそれは演技であることはミヤコにはバレバレだった。
だってさっきからずっと心音が変わってない。人間が嘘を吐くときに発するストレス臭も特にしていない。きっとこの嘘は必要だから付いているしバレるとも思ってない、開き直った行動だからだと、ミヤコはツカサの大胆さに舌を巻く。
「本当にごめんなさいミヤコ君、これじゃあゆっくりは無理ね。すみません、片付けも済んでませんが、お会計を。あ、食器代は入れてください」
そろそろ茶番を切り上げるのだろう。ツカサはいかにも迷惑をかけてすまなさそうにしながら、割れたカップが片づけられるのを待ってそう言った。
割れたカップを片付けながら、弁償はしないでもいいと対応していた店員の代りに、奥から出てきた責任者らしき店員が、ツカサの弁償の提案に分かりましたと頷く。
「お会計ですね、分かりました。カップの弁済の方は商品代にはできないので、会計上別々に計算していただくことになりますがよろしいでしょうか?」
食器の代金はレジに登録されているわけではないが、弁済という形でお金を受け取ることはできると言う責任者に、ツカサはそれでお願いしますと頼む。
「ご注文されてたデザートは一部お包みしました、良ければお持ち帰りください」
床があらかた片付いて、最初に対応をしてくれていた店員が手つかずだったケーキとフルーツを包んでわざわざ持ってきてくれた。
心配りも満点な店に感動したようにツカサは破顔してみせる。
「そんな……ああそうだ、だったらもっと買います。お土産にしようミヤコ君。今から持ち帰りのケーキ買います、一緒に包んでください」
そう言ってツカサはシュークリームやショートケーキ、パウンドケーキやシフォンケーキなどケーキ類を八種類、レジ横に置いてあったリーフパイやフィナンシェなどの焼き菓子を十五個、全種類制覇と言わんばかりに大量に買い込んだ。