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16.日常に根付くスペシャルなランチ

「それって、具体的にどういう?」


 ツカサの問いにミヤコは少し考えて答える。


「異界が世界に侵入してきた時の、匂い? あんまり、よくない気がする、感じです」


 言ってミヤコはすぐに思い直してやっぱり今のは聞かなかったことにしてほしいとツカサに頼む。


「気のせい、だと思います。あの変な事言って、ごめんな……さい」


 ミヤコには幽霊が見える。幽霊以外の何か良くない物を見たり感じたりできる。

 しかしそれを人前で指摘してしまうと、多くの人がミヤコを嫌がり遠ざけようとした。

 だからきっと今のも口に出してはいけない事だったと、ミヤコはまた牙の覗く口元を手でしっかり押さえて、くぐもる声で謝罪した。


 客の入店に気付いた席の片づけをしていた店員が、奥の席へどうぞと案内をする。


 それまで心配そうにしていたツカサの顔に、張り付いたような無機質な笑みが浮かぶ。

 ツカサはミヤコの手首を掴むと、ミヤコがびっくりするほどの力で口元から手を引きはがし、そのまま店員に案内された店の奥にある二人席へと向かう。

 選べる席は人席がもう一つと、他に入り口近くに大人数用が空いているだけだった。ミヤコたち以外の客は二十人近いように見える。昼時を僅かに外れてはいるがそれなりに客入りが多い。


 角の席に座ると、ツカサはすぐにお冷やとお絞りを持って来た店員ににこやかにお礼を言い、去るのを待って張り付いた笑顔のまま小さくミヤコに問う。


「さっきの話だけどさ……どれにそう感じる?」


 ミヤコになら聞こえるだろうと言う程の、本当に小さな囁き声だ。

 ミヤコは俯かせていた顔を上げツカサを見る。


「大丈夫、ミヤコ君の五感を信じてる」


 また小さい声で囁く。

 ミヤコは覚悟を決めるようにこぶしを握り締めて答えた。


「はっきりとは、分からない……です、でもなんか、臭くて……」


 はっきりとはわからない、ただ匂いのような、温度のような、何か空気感と言えるものが異界の影響を受けた出来事に遭遇した時に似ていると感じた。

 ミヤコが異能を発現させたのは神奈川の災害の後だったが、それでも七年の間に異界に関係する事象には年に一回以上は触れていた。

 その時の僅かな印象とよく似ているとミヤコは言う。

 ミヤコの説明を聞き終えると、ツカサはメニュー表を開き、ごくごく普通に選んでるふりをしながら再度ミヤコに問う。


「ちょうどいいから調べて見よっか。まずそうって思ったら食べなくていいからね。拠点帰ったらちょっと別のご飯用意しよっか? あ、それともパンとか好き? 近くにね、すっごく美味しいパン屋さんあるんだよ。そこの干しブドウのパンがすっごく美味しくてね、そこでバイトしたいなって思うくらいだったんだ」


 本当にただの世間話の体を装っているのか、本気で世間話をしているのか、ミヤコにはわからないくらい自然体でツカサは言う。


「あの……注文決めなくていいんですか?」


 問われてツカサはざっとメニューに目を通し、迷うことなく注文を決める。


「あ、じゃあ僕このティーランチスペシャルで」


 ミヤコが参考にできるように、大きく依頼たメニュー表のサンプル写真を指差す。

 しかしミヤコはその写真よりもメニューの横に書かれた数字の方が気になった。


「すっごい高い……」


 ツカサが指さすメニューを見てミヤコは驚く。

 ランチ一食五千五百円。

 店の雰囲気から考えても随分と高すぎるように感じた。しかしツカサはメニューにあるランチの内容を読み上げる。


「五千円でサラダとスープとおかわり自由のパンとパスタとメインの卵料理と日替わりのフライセットとお茶とカットフルーツと季節のデザートでしょ? むしろリーズナブルじゃない?」


「量が多かった……」


 ミヤコの知る普通の一食分にしては品数が多い。しかもメニューに載っている写真を見るに、オムレツは人の顔くらいの大きさで、日替わりフライは小さいながらも豚カツとエビフライとコロッケが並んでいるように見える。

 いちいち驚くミヤコに笑いをこらえながら、ツカサは別のメニューを指さす。


「じゃあミヤコ君は、こっちのミートランチスペシャルね」


「え、さらに高い」


 一食七千五百円。

 サラダ、パン、パスタ、マッシュポテト、チキンソテーとウィンナーの盛り合わせ、ごろっとお肉のビーフシチュー、日替わりフライセット、食後のアイスとカットフルーツが付いてくるらしい。

 チキンは胸肉一枚を丸っと使っているらしい。その上に乗せられたウィンナーはかなり大胆にチキンからはみ出している。


「食べ盛りなんだからたくさん食べなきゃね。食後のお茶はいる?」


 ミヤコの反応を見ながらツカサは少し愉快そうに笑い、追加注文は必要かとミヤコに訊ねる。

 ティーランチにはティーは付くが、ミートランチには付かないからと、追加で注文しようかと笑顔でツカサが言うが、ミヤコは慌てて首を振る。


「いえ、いえ、いらないです」


 これまでのミヤコの常識からすれば、こんなに一度に提供されても食べられるはずがないと思っていた。追加で注文などもってのほかだ。


「そう? んー、じゃあ僕はもう一つデザートの追加もしよっか。ユカリと一緒だったらデザート全制覇できるんだけどなあ」


 クロエはミヤコが遠慮していると思ったのか、だったら自分が食べたい体で頼めばいいかなと、デザートメニューを選び出す。

 まだ食べるのかとミヤコは目を見張る。


「いつもそうなんですか?」


「サイドメニューはサラダしかない。ちょっと偏ってるかあ……ああ、うん、いつもそう。異能者はね、食べる量が多いのが普通なんだよ。だからどこのお店にもランチやってるんならこういうなんかやたら大盛りなメニューってあるよ。大丈夫大丈夫、ミヤコ君もいずれ慣れるって。」


 へらへらッと笑って言うツカサの言葉に、ミヤコはそう言えば昨日一昨日も今までにないくらい大量の食事を食べたのだったと思いだす。

 あんなにも自分が食べられることができると思っていなかった。しかしそれが異能者の普通だとツカサは言う。

 これが日常。

 

 他のメニューを見てみると、ランチメニュー以外にもパスタにもスペシャルメニューがあった。こちらもひたすら量が多い。しかもご丁寧にほぼすべてのメニューにカロリーが表示されている。

 物によっては一食で一般成人男性の一日分の摂取目安のカロリーに匹敵するほどだ。

 これでは女性が敬遠するのではないだろうかと思ったが、ミヤコがめくるメニュー表にはレディーススペシャルランチの文字もあった。

 

「あ……このスペシャルってそういう?」


 スペシャルの意味をミヤコは理解する。

 特別なというよりも、これは得意な人間向けのメニューなのだ。

 日常的に異能を使うためのカロリーを欲している人間が食べること前提の食事が、ごくごく当たり前にある。

 それだけの需要がこの九州にはあるのだと分かった。


 異能を持つ人間がたくさん食べるのが当たり前だと、それが自然と肯定されているようなメニューに、ミヤコはどうしてだかむず痒いような気持になった。

 あんなに飢えていたこれまでの自分の方が間違っていたのだと、そう突き付けてくるようなスペシャルメニューからミヤコは目が離せなかった。

本日の更新はここまで。

明日以降も一日一回以上の更新を目指していきたいと思います。

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