126.ツカサさんとあっさり超えられる壁
作中に出てくる事件現場は、実在の場所をモデルとした架空の場所です。
架空の場所です。
大江の皆様大変申し訳ありません。
高層マンションの傍から歩き始めてどれほど立っただろうか、ミヤコがある場所を指さして言った。
「あ……あの、あそこって」
とにかく行ける限りの場所を、異界の気配の濃い方へ、濃い方へと進んでいった。
途中ずっと塀が続く場所が有り、ミヤコは「この向こうなんだけど」と言いながら、立ち止まっては匂いを嗅ぎ、耳を澄ませ、周囲をじっくり見まわしながらじりじりと歩いた。
そうしてたどり着いた場所にミヤコは目を瞠る。
「うん? 高校だね」
どこかの高校の裏門だと分かったのは、そこに校名が書かれた門柱があったからだ。
ツカサはこの場所が高校だと最初から知っていたようだが、ミヤコはまさか怪しい異界の気配がする場所が、一般人、それも未成年だらけの高校の敷地内だとは思ってもみなかった。
「中入ってって調べた方が良いかな?」
「いいんですか?」
裏門は夏休みだからか、しっかりと閉ざされているが、塀を見れば運動神経次第では登れそうにも見えた。
ツカサはそこから敷地内へ不法侵入をしようというのだろう。
「良くないとは思うけど、まあ僕ならできるから」
そう言ってツカサは黒い靄を自分の右足に出した。
それはミヤコが初めてツカサたちに会った日に、ツカサがビルの上を跳んで移動していた時の物だと分かった。
できるからでやっていいのだろうか。ミヤコは疑問に思ったが、多分法律的にはやってはいけないことだ。
「まあ教育には悪いよね。良い子のミヤコ君は真似しちゃ駄目だからね?」
取ってつけたようにユカリが言う。
「うんそうだね。あ、あと皆に内緒だよ」
ミヤコは腑に落ちないながらも頷いた。
せかいのききかもしれないのだから、ちょっとめをつぶるくらいしかたないのだ。
「じゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
ユカリが気軽に手を振るが、ミヤコは一応ツカサに異界の気配の位置と、もう一つ気が付いたことを告げる。
「あ、待ってください、あっちの方が気配が近い……それとあの、何か、カフェでのお茶に似た匂いがしました」
ミヤコが声をかける間にすでに塀の上に乗りあがっていたツカサは、重いもかけないことを聞いたと首をかしげる。
ミヤコが指をさすのは、ずっと張り付くようにして歩いてきた塀の続く道。
「匂いがしたの?」
ミヤコははっきりと力強く頷く。
「花と、動物の死骸の、生っぽい匂い、しました」
ミヤコはもう一度告げる。
ミヤコの言葉に分かったとツカサも頷く。
そしてあっという間に塀の向こうへ。
ミヤコはツカサが無事帰って来てくれることを祈った。
時刻は夕方の四時手前。高校だと気が付けば、遠くに部活生らしい掛け声なども聞こえている。
ツカサが人に見つかってしまったらと気が気でないミヤコをよそに、ユカリは自分たちの場所をマコトに電話で伝えているようだった。
ミヤコはそわそわとツカサを待ち続ける。
時間にして十分はかからない内に、ツカサはひょっこりと塀の上に乗りあがって帰って来た。
「ただいまー。いやあ、ビンゴだった」
そう言ってツカサは右手に握っていた物をミヤコに差し出す。
白いハンカチに包まれた植物。十五センチほどの長さで、茎はすっぱりと刃物で切られたようなえいりな断面。
「ほら、ここ、加工場じゃなくて、地獄の花の栽培場だったみたい。いやあ百株以上が普通に生えてたよ。雑草っぽく繁ってたけど、地面がかなり柔らかかったから、多分根っこを移植して栽培してるんだろうね」
塀から飛び降り、ツカサはミヤコの目の前でハンカチの中身をミヤコに見せつける。
ミヤコはぶわりと猫のように毛を逆立て犬歯をむき出した。
それは本能的な物で、ミヤコは慌てて腕で自分の口元を覆い、大きくツカサから退る。
目の前に見せられたのは蕾の付いたキク科の植物だったが、ミヤコの目にはそれが黒い靄を触手のようにうねらせ発生させる、何かまがまがしい物のように見えていた。
しかも匂いが腐敗した動物の死肉とよく似ている。
「ああ、そこまで反応するって、やっぱりこれ本物なんだね。一応成分鑑定してからと思ったけど、思ったよりも早く動けそうかな」
ミヤコの様子から、自分が採取してきた物が本当に地獄の花であると確信したツカサは、少し思案するように、左の手で自分の口元を覆った。
本日の更新はここまで。
明日以降も一日一回以上の更新を目指します。