121.尽きせぬ恨みざらまし
意訳:恨みが尽きないでいてくれたらいいのになあ。
「つまり、元から異世界に有った地獄の花の加工について、知ってる人がいるんですね」
異世界の知識を持っている人、それはつまるところ異世界人なのだろうか。それとも、異世界人から教えを受けたこの世界の人や、子孫なのかもしれない。
だとすれば、ミヤコはますます思ってしまう。
祖先の地に帰りたい、そう思う人がいたとしても不思議では無いと。
自分を確固たる自分でいさせるために、ルーツを求めてしまう、その衝動は……今時分のいるべき場所、寄る辺となる場所が無い人間が考えてしまう事。
ツカサが答える。
「うん、この世界に流入してくる異世界は特定されてるだけでも複数種類があってね、その内の一つから、結構頻繁に異世界人が『落ちてくる』んだよ。そして彼らは、数が増えたことで、自分たちだけで独自のコミュニティを作って生活してる……」
やはりそうなのだと、ミヤコは理解する。
彼らは自分たちの世界を求めている。
帰りたいのか、それとももっとこの世界に自分たちの世界を引き込んで、住みやすくしたいと考えているのか。
でも、とミヤコは首を振る。
他人の寄る辺を力づくで奪うような真似をするのは、ただの我儘だ。
野生動物の生存競争であるならまだ理解もできるが、社会を築き、文明を維持してきた人間がしていい事ではない。
どの宗教にも必ずある教えの一つが「汝盗むなかれ」である。
キリスト教もユダヤ教も仏教も神道もそう教え諭す。
多神教にはローマ神話のラウェルナ、ギリシャ神話のヘルメス、北欧神話のロキなど「盗みに特化した神」が度々現れるが、やがてはその信仰も別の物に書き換わるか、もしくは神話世界における悪党の代名詞になるかだ。
人が文明をより発展させていくに従い、盗人は忌避される存在としてしか存在を許されなくなった。
盗みをしてしまえば……他人から奪ってしまえばいいというならば、いつか必ず報復をせねば、奪われる側のみが失われてしまう。
多くの人はそれを容認できない。
失われるそれは土地であり、尊厳であり、文明であり、財産であり、命だ。
もちろんミヤコは自分の住む世界が失われることを望まない。
ミヤコのやけに真剣な目つきに、ツカサは困ったように眉を下げる。
それでも説明を続けるのは、ミヤコの態度に思う事があるのだろう。
世界の罅が開いてしまえば、また自分たちが経験したような災害が引き起こされるかもしれない。
それは恐怖であり、それがもたらされることには怒りを覚える。
自然災害だからこそ怒りを覚えてもどこに当たる事も出来なかったが、もしそれが人為的な物であったとするならば、きっとそれを引き起こした人間を、誰もが殺したいほど憎んだことだろう。
そう……―――は考えた。
考えて、でも、自分の中の恨みは、すでに風化していることに気が付く。
「元々の地獄の花から作られる生薬の効果は、どちらかと言うと、過剰な魔力によって引き起こされる病気の対処薬のような物だったらしいんだけど、それを悪用して、世界の罅を広げるのに使うようになったみたいだ」
ツカサは、その悪用したのが誰であるかは言わない。
ただ淡々と地獄の花の事で調べた結果、予測できることについて語る。
「例のカフェと、キッチンカーで提供されていた食品については、保健所経由で食材の購入記録を調べてもらったんだよね。キッチンカーの方はちょっと難航してるけど、カフェの方は地獄の花の成分が混入してたのは自社製品だった。でもキッチンカーの方はどう考えても市販の業務用品なんだよね。だからさ、例のカフェやキッチンカー以外でも、もしかしたら地獄の花の生薬を使っている場所があるかもしれないと思ってる……どうも、食品関係の卸業者に深く食い込んでるってだけでなくて、なんだろうね、一昔前の反社会的勢力みたいな感じの組織っての? 半グレみたいな感じの集まりがやってたっぽいんだよね、あのカフェ……で、その会社は食材の販売もしてたんだ」
祭りの屋台を生業にしている人間は、地域によってはそういった反社会的勢力の所属であるというのは、ミヤコも聞いたことがあった。
なのでなんとなく雰囲気で納得し頷くと、思わぬところから声が上がった。
「ああ、上通のあれか」
マコトが心底嫌な事を思い出したと言わんばかりに呟く。
「確かにすでに異界の罅からの流入があったな」
ツカサがマコトを睨み首を横に振る。
ミヤコに聞かせたくない話だったのだろう。
ミヤコは首をかしげる。
上通の飲食店と言えば、ついこの間ガス爆発を起こしていなかっただろうか。
ツカサを見やれば、分かりやすい作り笑いを浮かべていた。
ところで最近熊本市内を逃げ出した馬が暴走してたらしいんですよ。
居住地の周辺のニュースお勧めしてくるから、スマホでもパソコンでもずっとウェブニュースで出てくるの。
個人的に凄く熊本って感じで愛しいニュースでした。
こんなこと思って、馬が逃げちゃった団体さんと、被害に遭われた車の持ち主さんごめんなさい。