10.ミヤコ君と切ないアイスキャンディ
「私の趣味じゃないから。あ、これは福祉関係で寄付された古着なんだけど、ちょっとサイズ大きいかも。見た感じもう一回り小さくて良かったかな。採寸した方がいいんだけど、人に触られるの苦手だったりしない? 購入ってなるとえっと、まあツカサさんがどうにかしますよね。仕分け手伝います」
なかなか尖った趣味の服を自分の趣味だと誤解されたくないと思ったか、シオリは早口でまくし立てると、自分も手伝うと席を立ち床に直接座していたユカリの隣へと座り直す。
「あ、僕すっごくべたべた触ったよー、ミヤコ君嫌がってなかったし大丈夫じゃない?」
保冷バッグの中身を確認していたツカサがミヤコの代わりに答えつつ、ミヤコへと手を伸ばす。
ミヤコは頭上に伸びてきた手に一瞬びくりと肩をすくめるも、ツカサのするがまま頭を撫でられ文句の一つも言わない。
その様子をシオリとユカリはつぶさに観察する。
「……まあ、はい、触られるのは痛くないなら、平気です」
ミヤコの返事にツカサの顔から一瞬表情が抜け落ちる。しかし次の瞬間には柔らかく笑ってミヤコに保冷バッグの中身を一つ差し出した。
「痛くないなら……ね。うん、わかった。じゃあ、はいこれミヤコ君どうぞ」
「これ?」
何だろうと思いつつも、ツカサが悪意的な物を渡すとも思えず、ミヤコはそのまま受け取る。
それはいかにも古風な、ビニルに包まれた白いアイスキャンディーだった。
「甘い物、嫌い?」
「好きです」
甘い物は好きだけれど、先ほどもたらふく食べたのにまた食べ物なのかと戸惑うミヤコ。
ミヤコはゴクリと喉を鳴らす。アイスキャンディなんてもう何年も食べていないのだ。だというのに体はそれがこの時期に食べるととても美味しい物だと記憶している。
受け取ったアイスを、すぐに食べたいなと思うほどミヤコのお腹には余裕があった。
それと同時に、こんなにも何でもかんでも貰っていていいのだろうかという不安も沸き起こってくる。
手渡しされると断れず受け取ってしまうが、そろそろ自重をするべきではないだろうか。
不安が湧いてくると自然とミヤコの顔が下を向く。
土産を持って来た本人であるシオリが「美味しいんだよ、遠慮なく食べてね」とミヤコに言う。
「上通アイスっていうの。私のお勧めは塩バニラ」
シオリは身をかがめてミヤコの顔を下から覗き込む。
「えっと……」
受け取ったアイスを包むビニルにはまさに塩バニラの文字。
食べていいのかなと、ツカサとシオリを交互に見やるミヤコに、くすくすと笑いながらユカリが助け舟を出す。
「食べ物、押し付ける癖があるんだよ。異能持ちってね、普通の人何倍もお腹が空きやすいの。特別な力を使うのにはなんらかのリスクがあるのが当たり前でねえ、昔はもっと違うものが消費されてたらしいんだけど、今の異能持ちの人って、だいたいカロリーで補ってるから、異能持ちだって分かったらたくさん食べる訓練した方がいいらしいよー」
それにシオリも追従する。
「そうですね。それと……何かこの部屋お昼ご飯の匂い残ってるから相当食べさせられたでしょ? ミヤコ君。そういうの遠慮なく食べちゃっていいからね。異能持ちの人間は自分がお腹が空きやすいという感覚もあるし、人に食べさせたがる人多いし、食べてもらった方が私も嬉しいわ」
「そうなんだ」
それは都にとって初めての経験だった。
ずっと叔父の家にいるときは、お腹以外も何もかも満たされていなかった。今みたいにお腹が空いたかどうかだけ気にすることも、美味しいよと言われるようなものを貰うことも無かった。
余ったから、庭に生りすぎたから、そんな理由で少しの食べ物をくれる人はいた。だがこれは美味しいからと言って渡される事は無かった。
だから美味しい物をと勧められるとすごく戸惑った。
「でも冷たい物は食べ過ぎるとお腹壊すから、一本だけねー。こっちの焼き菓子も美味しいから。お勧めはこれオレンジの、と、こっちの栗のパイも」
保冷バッグにはアイス以外も入っていたようで、ツカサがそれを取り出しミヤコに勧める。
「あり、がとう……ございます」
こんなに食べ物を貰うなんて慣れていない。ミヤコは手にアイスの棒を握りしめたまま俯く。
ミヤコはこんな時にどんな顔をすればいいのかわからない。
泣きたいような、笑いたいような気持がモヤモヤと胸のところで漂っているような居心地の悪さを感じていた。
「ふふ、どういたしまして」
シオリが表情の薄い顔でが目元をやわらげて笑う。
ミヤコはアイスのビニルをちょっと乱暴に取ると、口にアイスを押し込んで黙り込む。
物を食べてるから話ができない体を装って、言葉にならない気持ちを飲み込んだ。
本日の更新はここまで。
明日以降も一日一回以上の投稿を目指していきたいと思います。
本当はもうちょっと早く書きたい。
文字書きリハビリかんばるぞー。