107.ミヤコ君と井戸
まだまだ続くよ熊本城観光。
with役に立たないニッチ観光案内。
連絡通路は、小高い山の上にある熊本城の本丸へと向かうために、上へ上へと昇って行く造りだ。
ツツジの井戸の話はまだ続く。
連絡通路をゆっくり歩きながらツツジが話すのは、熊本城の井戸にまつわる話。
「中には怪談がある井戸もあるよ」
ミヤコが視線を向けると、ツツジは話を続ける。
「西南戦争の時に、兵士が一人井戸に落ちて死んでしまったんだって。それ以来その井戸からは銃をくれ、銃をくれっていう声が聞こえてくるようになったのだとか」
何故その兵士は井戸に落ちて死んでしまったのだろうか。しかも死んでからも銃をくれとは、随分と戦闘狂のような話である。
「ああ、兵士が銃を無くしてしまったから、その自責で井戸に身を投げたんだったか」
サツキがツツジの話に乗ってくる。もうひい爺さんが薬研彫りに埋まっていた話はすんだようだ。
「井戸が多いと何か身投げの話多い気がするよね。身投げじゃなくても生き埋めとか、人柱とかも」
ツバキも笑って話に加わってくるが、先ほどのひい爺さんの話を引きずっているようだ。
「そうそう、五郎の首掛け岩とかね」
「あったな、そんな話」
ツツジはサツキとツバキの話を知らないのでそのまま屈託なく話を続ける。
井戸の話なのに今度は岩らしい。ミヤコはきょとんと首をかしげた。
「五郎の首掛け岩は、天守閣の傍に置いてあるんだけどね、横手五郎っていう、熊本城を造った時に働いてた怪力無双の人足が、首にかけて運んだとされる巨石だよ。後で見に行こう。その横手五郎は牛を持ち上げる事も出来るほどの怪力だったらしいんだけど、その怪力を利用して加藤清正の傍に近付いて暗殺しようとしてたんだって。でもバレちゃって井戸に生き埋めにされたっていう」
「……また井戸」
しかも井戸で死んだ話だ。
ミヤコはちょっと井戸が怖くなった。
「ちなみに五郎ちゃんはとても潔い人で」
何故かツバキは横手五郎をちゃん付けで呼んでいる。
「石を投げ入れられて埋められそうになって、それを受け止めて投げ返した後、それでは自分は死なない、殺すつもりなら砂を入れて生き埋めにしろと言ったそうだよ」
それは潔いと言っていいのだろうか。昔話によくある急なバイオレンス描写に、ミヤコは小さく唸る。
「そんな横手五郎ちゃんは、一部の熊本城フリークには有名な人なんだよ」
本当になぜそこでちゃん付けで呼ぶのだろうと、ミヤコはまじまじとツバキを見やる。
見学通路も最上階まで登ってくると、いよいよもって熊本城を構成する建物が目の前に見えて来た。
「はい、ここにも井戸があります」
その直前に井戸があることを、ツツジがきっちり指さしで教えてくれる。
井戸の横には観光客向けのおトイレがあるので、本丸見学前に用を足しておくかと聞かれるが、まだ大丈夫そうだったので、ミヤコは首を横に振る。
それは本丸御殿と呼ばれるお殿様の主な仕事場で、謁見用の部屋や仕事をする部屋、賓客を迎えるための部屋などがあったとされている場所。
大きな地震が起きる数年前の年に復元が完了したばかりだったその御殿は、きらびやかさと静謐さの入り混じる荘厳な観光の目玉スポットとなるはずだった……とはツバキの言。
今では熊本県民でもほとんどの人が一度も立ち入ることなく、ただただ修復をされるのを待つばかりとなった場所なのだとか。
わざわざ震災前の内部を紹介しているウェブページまで見せ、ミヤコに熱く解説する。
どうやらこれもユカリのいうところのニッチ観光案内らしい。
確かに目の前にあっても入る事の出来ない場所というのは、ニッチかも知れない。
スマホに表示された写真は、確かにどれもこれも美しさや荘厳さを感じられる物だった。
特に照君の間と紹介されている場所の写真は、お殿様の謁見室なだけあって、それはそれはきらびやかな金箔と日本画の、目もくらむような場所だった。
でもこれはもう見られないのかなと思うと、ミヤコはちょっと寂しく思った。
ミヤコが熊本にいつまでいるのかはわからないが、きっとこの照君の間が修復される頃には、ミヤコは熊本を離れている気がしたから。
そして熊本城の本丸、あのいかにも城といった風情の大きな建物に行くには、見学通路からこの本丸御殿の真下を通って行くのだと言う。
ミヤコたちは下りになった通路へと足を向けた。
横手五郎ちゃんは熊本城本丸内部の展示にもちょっとだけ書かれてるので、是非見てください。
何か可愛く見えてくるので。
まあ……父母の死に様からして何一つ可愛くないんですけどね。
死後にあそこまで父母辱める話広められたら、誰だって復讐すると思う。
気になる人は勇将山弾正で検索してみてください。