105.ミヤコ君と不穏なグルメ
横断歩道を前に足が止まった時だった。
ミヤコたちのソフトクリームトークに、不意にさしはさまれる声があった。
「僕は泉茶さんのお茶のソフトクリームがお勧めかな。あそこはかき氷もジェラートも美味しいよ」
振り返れば、夏だと言うのに黒のシャツにパンツに、黒の長袖ジャケットと、上から下まで黒一色のツカサがいた。
白けて見える夏の陽光の中で、強く景色に焼き付いた影のような姿。だと言うのに誰もツカサの存在など見えていないかのように素通りしていく。
異様と言う程インパクトはないが、違和感を覚える物だなと、ミヤコはじっとツカサを見つめる。
そんなミヤコの視界を遮るようにアセビがミヤコとツカサの間に立つ。
「何でいるんだよ」
「こっちに仕事で来てたからだよ。ほら、これくれたでしょ。で、どれ?」
そう言ってツカサが見せたのは、怪しいキッチンカーを発見した事、他のキッチンカーからも異界の気配がすることを伝えた。
「具体的にどれがそうなのか教えて?」
請われてミヤコたちはまたイベント広場に戻ると、ミヤコが見つけた怪しい気配がするキッチンカーを指さしで教えていった。
「あのキッチンカーです。あと、あっちと、あれとその右隣も」
全部で四つ。キッチンカーは十以上あるのでそう多くはない。
「ツバキ、ちょっと一番人が並んでない所の買ってきてくれないかな? できればそこの店にある全種類」
「あ、はい分かりました」
ツバキに適当に買いに行かせて、ツカサはスマホを取り出すと誰かにメッセージをを送る。
メッセージはすぐに返事がきたようで、しばらくツカサはスマホに視線を落とし続けた。
ツカサがスマホから顔を上げた頃に、ちょうどツバキも問題のジャージー牛乳アイスを買ってきたところだった。
どうやら運よく行列の切れ間に行けたらしい。
ビニール袋の中にテイクアウト用のカップに入ったアイスが六つ。ツカサはそれを確かめると、ツバキに五千円札を渡す。
「ありがとう。うん、じゃあ僕はこれを持って帰ってすぐに調べようかな」
すぐに帰ろうとするツカサに、アセビが待ったをかける。
「放置して問題ないのか?」
「今日くらいなら多分大丈夫だよ」
ちらりとキッチンカーの並びを見て、ツカサはまあ問題無いでしょうと肩をすくめる。
急いで対処をしなければいけない事態では無いのだと、そののんきな態度が語るようだ。
「多分なのかよ」
それでも不安を払拭できないアセビに、ツカサは少し言葉を選んで説明する。
「想定されてる物なら食べても一回、二回くらいだと問題はないよ。問題があるならもっと早くにこっちも気が付く。回数重ねても問題ない人もいるし、合わなかったら自分から敬遠する人もいるみたいだし……今の所致命的な状態にまでなった人はいない」
それは致命的ではないが、問題がある状態の人間がいると言う事なのだろうか。ミヤコは問おうとしたが、それより先にアセビがツカサに詰め寄る。
「随分来るのが早いと思ったら、すでに想定済みの事態だったからなのか?」
続くアセビの質問にその通りだとツカサは頷く。
問題はない、そう言いながらも、ツカサは思い出したように注意を付け足す。
「緊急事態じゃない。でもあれね、ろくでもないから、君たちは近付いちゃ駄目だよ。たぶん……飲食店回りで何か良くないのがね、あるっぽいんだ。だから今後も注意してね? 全国区のよくある店なら大丈夫だから。こういう地元のお店とかそういうところね、気を付けるの。あ、城彩苑の飲食店は大丈夫だよ。そっちは観光客も多いし調査済み。でもまさか移動販売のお店とか思わなかったからさあ、今回は教えてもらって助かったよ」
キッチンカーでは無く飲食店と言及するツカサの言葉に、ミヤコは思い当たることがあった。
「もしかしてカフェの?」
ツカサは分かりやすい作り笑いを浮かべる。
その笑みにミヤコのみならずサツキやアセビも不機嫌そうに眉を寄せた。
この笑顔が胡散臭いと感じるのは自分だけじゃないんだなと、ミヤコは納得する。
「あ、そう言えば城彩苑のソフトクリームには、ミヤコ君の好きならくのうマザーズのカフェオレのソフトクリームあるよ」
あからさまに変わった話の内容に、これ以上追及してもわざとらしく笑うばかりで答えてはくれないんだろうと理解し、ミヤコは変えられた話題に乗る事にした。
「あ、食べたいです」
ミヤコとて美味しい物には興味がある。
ミヤコのきらめく視線にうんうんと満足げに頷き、ツカサはさらにお勧めのソフトクリームを紹介する。
「よしじゃあ行ってみるといい。ちなみにシオリさんのお勧めは福田農園さんのデコポンソフトと泉茶さんの柚子茶ソフトで、ユカリはさっき言ってた半玉メロンの所の鬼盛りイチゴとか鬼盛りマスカットのソフトクリームが好きだね。普段甘いものはそこまで食べないマコトもソフトクリームは好きでね、櫻ン坂さんの天草の塩ソフトとかよく食べてるよ」
羅列されていくソフトクリームの数々に、城彩苑のソフトクリームへの力の入れようを知り、ミヤコはゴクリと唾を飲む。
ツカサは最後に「ただし」と注意を口にする。
「カロリーは幾ら取っても問題ないけど、身体の冷えはやっぱり影響出ちゃうからね。家帰ったらでいいから整腸薬飲むくらいでね。じゃあ気を付けていってらっしゃい」
朗らかな笑顔で送り出すツカサに、行ってきますと返し、ミヤコたちは城彩苑へと向かった。
ツカサは自ら現場に出るわ、自分が出来るなら他の人もできるでしょ?系の駄目な組織のトップです。
コーエーの無双シリーズに居たらすごく腹立つ挙動するタイプのトップです。
でも会社の方はちゃんと運営できているのは、多分下の人たちが頑張ってる。
本日の更新はここまで。
明日以降も一日一回以上の更新を目指します。