101.三兄弟とシオリさん
ミヤコの話を聞き終えて、ツツジが真っ先に口を開いた。
「造像のお守り花を使ったんだ?」
どこか怒っているような低い声に、ミヤコは不穏な気配を感じるも素直に答える。
「はい、そう言ってました。花飾りは蛍火にシオリさんが焼かれた後、全部燃え尽きてて、シオリさんは全くの無傷でした」
一度だけ身に着けた者の身を守る絶対的な守りの魔法なのだという造像のお守り花。
そんな物が存在しているなどと知らなかったミヤコにとっても、それはきっととてつもなく希少な物なのではないかと思えた。
そんな希少な物を使ったことに腹を立てているのだろうか。ミヤコはそう思ったが、どうやら違ったらしい。
「そう、か……だったら、兄さんは危険があるって分かってて、君やシオリさんをその場に連れて行ったんだ」
そう言ってツツジはミヤコの着ていた甚平の前紐をほどいた。
いきなりの奇行にミヤコがぎょっとすると、開いた前身ごろを指さしてツツジは告げる。
そこには内布として縫い付けられているすべらかな手触りの白い布。甚平が透けるのを防止するための物だと言われれば信じてしまいそうなものだった。
ただし、そこにはまるで写経されたかのように薄墨の書き文字がびっしりと連なっていた。
「ほら、これも身代わりの魔法だ。造像の守り端ほど絶対じゃないにしても、耐火と水難避けが付いてる。もし蛍火に襲われてたのがミヤコ君だったとしても、この甚平が燃えるだけで済んでたと思う。兄さんの異能が有れば、その短い時間稼ぎで十分対処できたはずだ……」
「……そう、なんですね。これも魔法だったんだ」
着替える時に見ていたミヤコにも見えてはいたが、英語を読め無い者が英字新聞風のパッケージを恰好良いとしか思わないように、知識のない者がプログラミング減を読み解けないのと同じように、ミヤコにとってその文字列は模様でしかなかった。
和風の模様だとしか思っていなかった。その理由として、以前からミヤコは仏教施設や道端の地蔵に光の靄のような物が見えていたので、漢字の筆文字はその延長でしかなったのだ。
ミヤコの甚平の内側を見て、アセビも表情が歪む。
腹を立てているような、泣き出しそうな顔に見える。
ただサツキだけはツツジとアセビの過剰反応に呆れたように首をすくめる。
「でも兄貴は悪気は無かったろうよ。万が一のため程度だろ。普段の言動から見ても」
サツキがツカサを擁護すると、すぐにアセビが噛みつくように言い返す。
「だとしても、許せることじゃないだろ。シオリさんは未成年だ! 自己犠牲を強いるような相手じゃない」
自己犠牲、その言葉にミヤコは眉間にしわを寄せ俯く。
シオリがミヤコを突き飛ばし庇ったのは、確かに自己犠牲だ。そしてそうならざる得ない状況になってしまったのは、ツカサがミヤコとシオリを蛍火探しに駆り出したから。
それをアセビが大人としての視点で怒るのは理解が出来た。
だが、ミヤコはアセビの言葉が自分を責めているような気がしてしまった。
自己犠牲を強いる。それは昨日の夜ミヤコがアセビたちに言い返した言葉そのもではないか。
自分ならできた、自分なら動けた、だから貴方たちも動くべきだった、そんなこと他人が断じるべきではないのに。
言葉の流れ弾で被弾したミヤコに気が付き、ツツジが慌ててミヤコの耳をふさぐが、ミヤコはその手をやんわりと掴んで耳から離す。
「ごめんなさい」
「いいんだって。もういいんだよ」
昨日の事は終わったことだからとツツジは言う。
でも、ミヤコは思う。
また同じような状況になった時、その時自分は動けるのだろうか。
動いたとして、自分が犠牲になってしまったとしたら……ツツジたちはどう思うだろうか。
もしかしたらツツジたちが動けないのは、自己犠牲を発揮した時、自分が犠牲になってしまった後に残された者の気持ちを味わったことがあるのではないだろうか。
ミヤコとツツジのやり取りの横で、サツキとアセビの言い合いはまだ続いていた。
「あのな、シオリさんは魔女だぞ。世界のために命捨てる覚悟くらいできてるって」
「それが! おかしいって言ってんだよ!」
「おかしくないだろ。魔女はそうあるべきだ。世界の犠牲のための家系なんだってのは、今更覆せないだろ」
「何だよ覚悟って、魔女って何だよ!」
何やらきな臭い話だ。
ツツジがやはりミヤコの耳をふさごうとするので、ミヤコはそれよりもサツキとアセビを言い合いを止める事にした。
「あの……それ、俺が聞いていい、話しですか?」
ミヤコの問いに、比較的冷静だったサツキがぴたりと動きを止めた。
「あー、駄目な話だな」
アセビも唇を結び、分かりやすいくらいにミヤコから視線を逸らす。
サツキがミヤコに聞かなかったことにしてくれと頼む。
「ごめん、ミヤコ君……気になるかもしれないけど、その、あんまり聞かないでくれたら、助かる、かな?」
「えっと……はい、分かりました」
そう返事をしながらも、その内自分はシオリに直接聞いてしまうんだろうなと、ミヤコは思っていた。
本日の更新はここまで。
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