秘密の幼女は騎士団長の膝の上でお菓子を食べる(正体バレたらたぶん死ぬ)
会議室の空気は、今にも雷が落ちそうなほどピリついていた。
木製の長テーブルを挟んで座る騎士団長、カイゼル・ロッシュ。そして、魔導師団長である私――エステラ・フィール。
「――私の話、聞いてます!?」
「もちろん聞いている」
ロッシュ侯爵家の嫡男で、真面目で堅物な彼との言い争いは、もはや定番行事と化している。
彼とは学生の頃から何かと張り合ってきた腐れ縁のような関係。
誰よりも早く魔力制御を覚えた私は魔導師団に進み、今では最年少で団長を務めている。
そして、剣術において誰にも負けなかったカイゼルは、当然のように最年少で騎士団長になった。
それぞれの道を進んだはずなのに、遠征や魔物討伐のたびに、なぜか私と彼の団は行動をともにする羽目になる。
「突入のタイミングは魔力障壁を作れる我々魔導師団に任せてくださいって、何度言えば理解してくれるんですか!」
声を荒らげる私に対し、カイゼルはいつもの無表情で応じる。
「理解している。だが、我々騎士団が先に動いたほうが、君たち魔導師団も安全に行動できるはずだ」
まったく、またそれ。
こっちを気遣っているような口ぶりだけど、本当は自分たちの手柄が欲しいだけなんじゃないの?
冷たい印象を受ける銀髪に、恐ろしい輝きを放つ紫色の瞳。長身で騎士団長らしく体格のいいカイゼルは、私の目も見ずにそう言った。
せめてこっちを見なさいよ……! あとその、眉間にシワを寄せた顔、もうちょっとどうにかなりませんか? と言いたくなる。
「安全を優先するなら、先に魔力障壁を作ってしまったほうが、絶対に確実です!」
「だが、その間に敵に囲まれるリスクもある。騎士団のほうが戦闘には慣れている」
「私たちだって、日頃からしっかり訓練を積んでいます!」
「それは承知している。だが――」
はいはい、また「承知している」ですか。
口ではわかったようなことを言うくせに、全然話が通じないんだから!
ほんと、真面目すぎて融通が利かない人ね!
本日は、来週に控えた騎士団との共同魔物討伐に向けた作戦会議を行っている。
いつも通り、カイゼルとは冒頭から意見が真っ向からぶつかってばかりだ。
……まぁ、現場で先陣を切って戦っているのは、確かに騎士団なんだけど。でも私たちだって、もう少し力になれるのに。
この人はいつも無表情だし、正直何を考えているのかわからない。
だからこそ、もっとちゃんと話し合おうって思ったのに――。
というか、顔がちょっと怖いのよね。もうちょっとやわらかくできないの?
筋肉もいいけど、もう少しコミュ力を鍛えたほうがいいと思う。
「……これ以上話しても平行線だな。今日はこれで解散としよう」
低い声でそう言い残すと、カイゼルはすっと立ち上がり、無言で会議室を後にした。
その背中を見送りながら、私はぐっと歯を食いしばる。
なんで毎回こうなるのよ。もう、ほんと……!
「カイゼル様がああ言ってるんだし、ここはお任せしてもいいんじゃない?」
「嫌よ。……だってなんか、悔しいじゃない」
副師団長であるイザークの言葉に、私は唇を尖らせて呟いた。
もう二十二だというのに、子供っぽいのは私のほうかもしれない。
「でも最近のエステラは頑張りすぎだよ? 少し、休まないと」
「……ん、そうする」
確かに、少し頭が重い。ぎゅっと締めつけられるような鈍い痛み。
カイゼル……彼のせいよ。余計なストレスをかけてくるから。
もう少しまともに話を聞いてくれたらいいのに。昔は今よりもちゃんと目を見て話してくれていた。
私は、彼と何気ない話をするのが、結構好きだったのに。
いつからだったか、カイゼルは私の目を見て話してくれなくなってしまったのよね……。
年上の男性魔導師を差し置いて、誰よりも早く昇進したせいで、私に負けた人たちに裏で文句を言われているのを知っている。
イザークも一つ年上だけど、彼は私のよき理解者だ。
でも、もしかしたらカイゼルも、私のことが嫌いなのかもしれない。
「……」
そんなことを考えながら、自室に向かって外廊下を歩いていた、そのとき――不意に、ぐらりと視界が揺れた。
「……あれ?」
近くにあると思っていた柱が、妙に遠くに見える。伸ばした手が虚空を切り、ふらりと身体が傾いた。
ああ……まずい。やっぱり、最近疲れが溜まっていたのかも。まずい、まずい――。
◇◇◇
扉が閉まる音が、俺の耳に重く響いた。
――ああ、また怒らせてしまった。
エステラの言いたいことはわかっている。彼女の作戦も理にかなっているし、無理を通そうとしたわけではない。
ただ、ああ言わなければ、彼女が自分を省みず、無茶をするのが目にみえていたから。
素直にそう伝えられたら、どれだけいいか……。
しかし、駄目なんだ。どうしても彼女を目の前にすると、素直になれない。
「……今日こそはもっと話がしたかったんだがな」
自ら会議室を出てしまったことに、今日も後悔の念が押し寄せる。
昔から、ずっとそうだった。
エステラとは、よく一緒にいた。子供の頃から、何かと競い合うことが多かった。
しかしそれは、決して競っていたわけではない。俺がただ……彼女と一緒にいたかった、同じ道を歩みたかっただけだった。
エステラの家は、決して裕福な家庭ではなかった。
彼女の父は人が良すぎるせいで騙され、大きな借金を抱えてしまったのだ。
それでも娘を王立学園に通わせ、家族に苦労をかけないようにしてきた父のためにも、エステラが魔導師団に入ると決意したことを俺は知っている。
普通の貴族女性は、卒業とともに結婚したり、花嫁修業をしたりする者がほとんどだというのに。
彼女は色恋には目もくれず、人前で辛い顔を見せたり弱音を吐いたりすることもなかった。ただひたすらに努力して、今の地位を手に入れたのだ。
俺も、そんなエステラと同じ学園に通うために努力した。彼女と並んで歩ける自分でいたかった。そしていつか、俺が彼女を支えられる存在になりたいと――ずっと、願ってきた。
魔法学では彼女に敵わなかったが、エステラが魔導師になるというのを聞き、では俺は、騎士を目指そうと思った。
魔導師と騎士は、遠征や魔物討伐で一緒になることが多いのだ。
眠る時間を削って練習をし、誰よりも必死で鍛えた。
エステラに釣り合う男になるために――。
なのに、大人になるにつれてどんどん綺麗になっていくエステラを前にすると、いつの間にか俺は彼女の目を見て話すことすらできなくなっていった。
近づこうとすればするほど、余計に距離ができてしまう。
情けない……俺はまるで少年のまま、何一つ進歩していない。いや、子供の頃のほうがまだ、まともに彼女の目を見て話せていた。
騎士団長なんて肩書きがあっても、好きな人の前では、やっぱりただの臆病者だ。
それでも――。
俺は彼女の努力ややる気を、誰よりも知っている。だからこそ、ちゃんと報いたい。認めたい。
けれどそれと同時に、無理をする彼女を止めたいと思ってしまう。
命を張る戦場に立たせるなら、なおさらだ。
しかし、口下手がすぎる俺は、この気持ちを上手く彼女に伝えられずにいる。
「……ああ、もどかしい」
庭のベンチで一人、うだうだと考え事をして、自室に戻るため歩き始めたそのときだった。
ふと、視界の隅で、小さな影が動くのを見た。
――子供?
この中庭に子供がいるのは珍しい。誰かの妹か……娘か?
ゆっくりと近づくと、そこには五、六歳くらいの小さな女の子が一人、草花の前でしゃがんでいた。
髪はふわふわの淡いストロベリーピンク。ダボっとしたシャツのようなワンピースを着ている……?
「君、こんなところでどうしたんだ?」
「……!!」
そっと声をかけると、女の子の肩が大袈裟なほどびくりと震えた。
「すまない、驚かせる気はなかったんだ」
「…………」
ゆっくりと振り返った女の子は、俺を見て血の気が引いたように顔色を青くさせた。
ああ……俺が怖いのか。
俺は団員たちからもよく、「顔が怖い」と言われる。
こんな俺が、迷子になって不安だろう少女に突然声をかけたら、怖がられるに決まっている。
今ここに、俺とこの少女以外には誰もいない。
……よし。
「だ、大丈夫だよ。俺はカイゼル。騎士団長を務めている者だ、安心してほしい」
「…………」
「……えーっと、君は?」
「…………」
なるべくやわらかく笑ってそう声をかけると、今度は明らかに驚いたような顔をしながら、若干後ずさりする女の子。
……なんとなく、引かれているような気がするが……気のせいか?
「こ、怖くないよ。……お父さんかお母さんを、探しているのかな?」
「…………」
できるだけ優しく笑い、ゆっくりと話しかけてみる。
すると女の子は無言のまま、首を横に振った。
その瞳は、俺を警戒するようにじっと見つめている。
しかし、この子――。
な、なんて可愛いんだ……!
小さく揺れる前髪の奥からこちらをじっと見つめる蜂蜜色の瞳がとても印象的で……どこか懐かしいような、見覚えがあるような、不思議な感覚に襲われる。
どことなく……エステラに、似ている……?
彼女に妹はいないはずだ。……となると、まさか親戚の子か?
ふとした表情が、どうしてもエステラと重なって見えてしまう。
「寒くはないか? 風が冷たいから、こっちへおいで」
「…………」
そっと手を差し伸べてみた。もちろん、すぐに握ってくれるとは思っていない。けれど、女の子はしばらく躊躇した後――おずおずと、その小さな手を俺の手の中に置いてくれた。
なんて小さな手なんだ……!
……あったかい。いや、違うな。冷たい手を、俺の体温で包み込むような感覚に、むしろこっちの胸がじんとする。
「よし、とりあえず中に入ろうか。おやつ、食べたいかい?」
俺の言葉に、ぴくりと反応する女の子。
「……おやつ?」
ようやく小さな声が返ってきた。
その声が可愛すぎて――心臓が止まるかと思った。
ああ……なんて愛らしいんだ。
ぎこちなく、でもしっかり俺の手を握るこの小さな存在を何があっても守らなければならない。そんな使命感に駆られる。
「よかったら、団長室においで? マカロンを隠しているんだ。……みんなには、秘密だよ?」
「マカロン?」
その言葉に、少女の手に少しだけ力が入った。
驚いているようにも見えるが……きっとお菓子が嬉しいのだろう。
普段は女師団長としてキリっとしているエステラも、実はお菓子……特にマカロンが大好物なのを俺は知っている。
機会があったら彼女に渡そうと、密かに隠し持っていたのだが……結局渡せていないから、今回はこの子にあげることにしよう。
「甘いものは好きかい?」
「……うん」
「そうか、よかった。それじゃあマカロンを食べながら、お話ししよう」
「……うん」
ためらいながらもこくんと首を縦に振ったエステラ似の少女に、心が癒される。
お菓子を食べたら、自分のことを話してくれるかもしれない。
どこの誰かわかったら、騎士団の馬車で家に送り届けてあげよう。
そう考えながら、俺は少女を団長室へと案内した。
◇◇◇
騎士団と合同で行われた魔物討伐は、無事成功した。
今日は王宮でパーティーが開かれている。魔物討伐の祝勝会である。
「――騎士団長のカイゼル様と、魔導師団長のエステラ様、大活躍だったんですって?」
「そうそう。今回は意思の疎通が上手くいったと聞きましたわ」
「あら。いつも喧嘩ばかりなのによかったですわねぇ」
「それにしてもお二人ともまだ若いのに、本当にすごいですわね」
「ええ、お二人ともかっこよくて、素敵だわ」
ご令嬢たちが噂話に花を咲かせている広間の片隅で、私は静かに紅茶を啜っていた。
「カイゼル様って、手が大きくて、腕がとってもたくましくて、すごくお強いんですってね」
「そうよ。ちょっと近寄り難いけど、真面目そうで素敵よねぇ」
「その腕で包まれてみたいわ~!」
「ぎゅってされたら、骨が砕けるほどらしいですわよ」
「きゃー、ぎゅってされてみたいですわ~!」
「でも無理よ。あの真面目なカイゼル様が抱きしめる女性は、きっと奥様くらいですわ」
あらまあ、と私は小さく微笑んでカップを置いた。
もちろん彼女たちは知らないだろうけれど、私、実は一度、カイゼルにぎゅっとされたことがあるのよ。それだけじゃなくて、彼の膝の上で――。
……まぁ、そんなこと、カイゼル本人も知らないでしょうけど。
だってそのとき私は――
*
「あーあ……やっちゃった」
私は中庭で、ぷくぷくとした自分の頬をつねった。
お肌はふわふわ、ほっぺはもちもち。
スカートの丈はずるずるだからもう脱いでしまっても、シャツがワンピースの代わりをしてくれている。
袖なんて三回まくっても、手が出てこない。
――そう、あの会議の後、私は王宮の庭で子供の姿になってしまったのだ。
それは思春期を迎えたある日、突然起こった。
前日に魔法の練習で魔力を使いすぎて、疲れて眠った私が翌朝目覚めたら、年齢が五、六歳くらいになっていて、寝衣もぶかぶかだった。
侍女たちは大騒ぎ。医者は頭を抱え、父と母は半泣きでお祈りを始めた。
「い、一過性の魔力逆流現象……?」
「はい。お嬢様は特異体質のようですね」
〝特異体質〟結局医者はそう片付けた。
理由はよくわからない。けれど、どうやら私は魔力を使いすぎたり、疲れが溜まったりすると幼児化してしまうという、とても変わった体質の持ち主なのだ。
だいたいは半日から一日程度で元の身体に戻るので、気をつけていれば生活に支障はない。
このことを知っているのは家族と医者、そして副師団長だけ。
……だというのに、あの日はついうっかり、王宮で幼児化してしまった。そして、そこをカイゼルに見つかったのだ。
「――美味しいかい?」
団長室で、なぜか私はカイゼルの膝の上に座って、マカロンを食べた。
「……重くないですか?」
「重いわけがない。好きなだけくつろいでいいよ」
そう微笑んだのは、もちろんあの、カイゼル騎士団長。
銀の髪、鋼の体、氷のように冷たい瞳、そして鉄壁の微笑(?)。
とにかく厳格で無口で、私は怖いとすら思っていた彼が、まるで別人のように優しい。
子供の前ではこんなに優しくて、よくしゃべる人だったなんて、びっくり。
彼に対する私の中のイメージが崩壊していく。
でも。
「はい、こっちのマカロンはチョコレート入りだよ」
「チョコレート! ……えっと、ありがとう……ございます」
「ははは、いいんだよ。今は誰もいないんだから」
実は私、お菓子に目がない。特にマカロンが大好物。
でもそんなことを言うと、魔導師団長としての威厳が損なわれるから、みんなには内緒にしている。本当はもっと食べたいけど、普段は我慢しているのだ。
だからつい、はしたなくも目を輝かせて大きく口を開けてしまった。けれど彼はまさか私があのエステラだとは思ってもいないだろう。
……というか、ばれるわけにはいかない。
膝の上でお菓子をもらって、なでなでされて——
私だとばれたら、斬り殺されてしまうかもしれない。団長の威厳とかもあるだろうし……。
だけどなぜだか私は、とても幸せを感じた。
カイゼルにこんな一面があったなんて、知らなかった。もっとこういう一面を見せてくれたらいいのに。
「……ふぅ」
そんなことを考えていたら、カイゼルが溜め息をついた。見上げると、彼は小さく呟いた。
「ああ、すまない。彼女とも、こうして素直に話せたらいいのにと思ってね」
「……かのじょ?」
「俺の好きな人のことだよ」
「……!」
ぴくり、と心臓が跳ねた。
けれど顔には出さないように、マカロンをもぐもぐして誤魔化す。
「無口だとか近寄りがたいと思われているのは自覚しているんだが……どう話せばいいかわからなくてね」
「……」
そう言って、彼はふっと目を伏せた。
「……その、好きな人って……」
「彼女は魔導師団長をしていて、俺と同期なんだ。とにかく努力家で……小柄なのに、誰よりも粘り強くて負けず嫌い」
「…………」
「魔力量だって、もともとはそんなに多くなかったのに、毎日訓練して誰よりも正確に扱うことができる。最初は魔導師団長なんて務まらないと言われていたのに、今では誰も彼女のことを笑わない。むしろ、尊敬されている」
「…………」
言葉を重ねるうちに、彼の顔がどんどんやわらいでいく。
その同期の魔導師団長って……。
「それに……ちょっとムキになりすぎるところがあるのだが……それすらも俺には可愛くてね。たまに見せる笑顔は本当にたまらないんだ」
「そ、そうなんだ……」
私……ですよね?
かぁーっと、顔に熱がのぼっていく。
彼が……カイゼルが、私のことを好きだったなんて……!!
「君にこんなことを言っても仕方ないんだけどね」
「…………」
あはは……。
なんということだ。カイゼルが、私をそんなふうに思っていたなんて。
「あの……」
「ん?」
「今、わたしに言ったことを……直接伝えたらいいんじゃない?」
ドキドキしながらも、そっと言ってみた。ばれないように、あえて子供っぽい口調で。
カイゼルが私をそんなふうに見ていたなんて、これっぽっちも知らなかった。
もし知っていたら、私だってもっと――。
「無理だよ……あんなに可愛いエステラの前でこんなこと言えるわけが……あ、名前は内緒にしていてね?」
「…………うん」
ついに決定的なその名を口にされて、もう私は彼の顔を見ていられなくなった。
心臓がドキドキドキドキと高く鼓動を刻んでいく。
「君は少し彼女に似ている気がするが……まさか、親戚とかじゃないよね?」
「……!!」
ギクリとするような問いに、私は思いっきり頭を横に振って否定した。
親戚ではない! 嘘ではない。
「よかった。彼女に知られたら、俺は生きていけないよ」
「…………」
ほっと息をつくカイゼルに、私は冷や汗たらたらだ。
これは、ぜっっったい、バレるわけにはいかないやつだ…………でも。
「……大人になってもこうしてくれればいいのに。わたしもあなたのことは嫌いじゃないし……」
「え?」
子供にはこんなに気を許すなんて、ちょっと悔しくて。思わず本音をこぼしてしまった。
「あ……っえーっと、その……!」
「はは、君に嫌われてなくてよかった。でも君が大人になったら、もっと歳の近い、いい人が現れるよ」
カイゼルは、やっぱり私がエステラだとまったく気づいていないみたい。
「……そうじゃなくて」
「え――?」
だからちょっと困惑した表情を浮かべているカイゼルの鍛えられた胸板に、私はそっとしがみついた。
子供の腕の長さでは、〝抱きしめる〟なんて言えないくらい、彼の身体は大きくてたくましい。
「おお……よしよし、君は本当に可愛いね。きっと親御さんも心配しているよ」
「……」
そう言いながら、優しくぎゅっと抱き返してくれるカイゼル。
元の姿に戻ってしまう前に、彼の目を盗んで早く逃げないといけない。
……でも、すごくドキドキするけれど、なんだかとても落ち着く。
——あれ。私、もうしばらく子供のままでもいいかも?
*
そういうわけで、彼の気持ちがなんとなくわかったからか、その後の討伐は上手くいった。
大人の姿になった私の前ではもういつも通りのカイゼルだったし、今も離れた場所でいつもの怖い顔をして上官と話しているけれど。
「――ねぇ、カイゼル様、婚約者はいらっしゃらないのよね?」
「そうよ。あんなに素敵な方なのに、仕事一筋でまだお相手は決めていないそうですわ」
「きゃ~! そういう真面目なところも素敵……やっぱりわたくし、あのたくましい腕になら、たとえ骨を折られてもぎゅってされたいわぁ……」
「あらまあ」
おほほほほ――!
令嬢たちはそんなことを言っているけれど。
私は知っている。カイゼルは、見た目よりずっと優しくて、膝の上はがっしりしていて安心できるのに、ふかふかで、甘い匂いがするって――。
でもこればかりは、私だけの秘密にしておこう。
「……?」
遠くからカイゼルを眺めていたら、彼がマカロンが載った皿の前で足を止めた。
今日のパーティーでは、色とりどりのカラフルなマカロンが用意されているのは私もチェック済み。人目を盗んで食べれないかと、機会を伺っていたのだから。
カイゼルは少し思案した後、いくつかのマカロンを包んでもらっているではないか。
まさか、持ち帰る気……? もしかして、また私にくれようとしていたり……?
一瞬やわらかく緩んだ彼の横顔にドキリとしたけれど、彼は一体どちらの私にあげようと思っているのだろうか――?
お読みいただきありがとうございます。
私が癒されたくて書きました(*ˊᵕˋ*)
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