3 馬小屋の少女
◇◇◇
「神聖な礼拝堂で居眠りをするとは、どういうことだ!」
テレサの教育係であるバルタザール神官の怒号に、テレサは身をすくめた。
「ごめんなさい。聖力を使ったら、疲れてしまって……」
「ほかの聖女候補たちは、今までこんなこと一度もなかった!あれしきのことで倒れるなら、お前の能力が低いせいだ!」
バルタザールはテレサに苛立ちをぶつける。
「全く、とんだお荷物を押しつけられたもんだ」
通常聖女候補に選ばれた貴族家からは、神殿に莫大な寄付金が支払われる。その他にも、教育係への毎月のお礼や、心付けなどが行われるのが慣例だ。だからこそ、教育係に選ばれることは神官にとって多大なメリットがあった。高位貴族との繋がりは、神殿内部の出世にも影響するし、自分の担当している聖女候補が聖女に選ばれれば、大神官も夢ではない。
ところが、今回バルタザールにあてがわれたのは、貴族とは名ばかりの没落した男爵家の娘。田舎者のせいか、最低限の心付けさえない始末。バルタザールが腐るのも、無理のないことだった。
こうしている間にも、他の神官たちは高位貴族との間に強力なコネクションを作っているのに……そう思えば思うほど、目の前の貧相な小娘が癪に障って仕方がないのだった。
「罰として、今後は夕食後に馬小屋の掃除をやれ。いいか。サボったら承知しないぞ」
そう言い捨てると、テレサを外に追い出した。真冬の日暮れ後は寒く、凍える風が剥き出しの手足を刺した。テレサは白い息をふうっと手のひらに吹き付け、かじかんだ指を温める。
(まだ、夕ご飯食べてないんだけどなぁ)
馬小屋は広く、薄汚れていて、とても一人で掃除できるような状態では無かった。それでもテレサは、慣れない道具を使って、黙々と藁を整えていく。
優しい目をした馬が、心配そうにブルルっと近づいてきた。
「心配してくれてるの?あなた、優しいのね」
すりすりとテレサにすり寄る馬たち。
テレサは馬たちのために、井戸から新鮮な水を汲んできて、水桶に満たした。
お腹は減ったけれど、それ以上に身体がクタクタだった。
その日テレサは、馬小屋の片隅で、藁に埋もれて眠ることにした。馬たちが寝ているテレサを起こさないように、そっと風よけになってくれる。
翌朝、藁だらけになって眠るテレサを見て、馬番の男たちが驚いたのは言うまでもない。お腹をすかせたテレサをみて気の毒に思ったのか、お昼用に持ってきていたパンを少し分けてもらえた。
「食べてもいいの?」
「いいよ。お食べ。こんなに小さい子を馬小屋に閉じ込めるなんて……大人でも凍死するぞ。なぁお嬢ちゃん、体は大丈夫かい?」
「うん。大丈夫だよ〜」
「そうか。干し肉も食べるか?」
「うん!」
朝の掃除のために慌てて部屋に戻っていくテレサを、男たちは気の毒そうな目で見送った。
部屋に戻ると、寝間着姿のバルタザールが藁だらけのテレサを見て、
「なんて臭いだ!さっさと体を洗ってこい!待て!いいか!そんな汚い身体で浴室を使うんじゃないぞ!外で体を拭いてくるんだ!」
と怒られてしまった。
テレサは井戸で水を汲むと、固く絞ったタオルで体を一生懸命拭いた。けれど、こびりついた臭いまでは落とせなかったらしく、礼拝の時間になると他の聖女候補から明らかに距離を置かれてしまった。
「なぁに、あの子。髪の毛も整えないで。ボサボサじゃないの。みっともない」
「それより臭いわ。何の臭いなの?」
「汚らしい。どうしてあんなみすぼらしい子が聖女候補になったのかしら」
ヒソヒソと囁かれて、恥ずかしくてずっと俯いて過ごした。
(ちゃんと体は拭いたんだけどな……拭いただけじゃ、ダメだったんだ)
その日は、人前に出るなと言われて、礼拝の後はずっと庭の草むしりをやることになった。
涙がポロポロと溢れる。ぐいっと涙を拭いて、森の中で見付けた泉に向かう。
小さいけれど、澄んだ小さな泉だ。テレサはいつもここで、自分の服の洗濯をしていた。
テレサは泉にそっと手を浸してみた。冬の泉は刺すように冷たいだろうと思ったけれど、不思議とそれほど冷たく感じなかった。お風呂ほど温かくはないものの、入れないほどではない。テレサは思い切って服を脱ぐと、頭まで泉に身を浸した。包みこまれるような水の感触が気持ち良くて、不思議とすっきりした。
それからテレサは、毎日馬小屋の掃除の後、洗濯のついでにこの泉で体を清めるようになった。テレサは知らない。その泉が、かつて女神が聖女に神託を与えたと言われている、女神の泉であることを。




