28 二通の手紙
◇◇◇
その日、王都に雨が降った。
キラキラとした晴天のまま降り注ぐ雨は、まるで女神の加護そのもの。萎れていた草花が一斉に元気を取り戻し、王都を覆っていた淀んだ空気を優しく洗い流した。
「雨だ!ついに雨が降ったぞ!」
「女神様のお怒りが解けたんだ!」
「聖女様の祈りを聞き届けて下さった!」
王都の民はワッと活気づき、次々と神殿の前で祈りを捧げた。
「ようやく雨が降ったの?」
そのころ聖女宮で爪のお手入れをしていたセシルは、侍女からの報告を鼻で笑っていた。
「ほらごらん。何もしなくても結局は雨なんて降るのよ。何が女神の加護よ。気持ち悪いったらないわ」
「神殿に多くの民衆が詰めかけて、セシル様に感謝を伝えておりますわ」
「ふ〜ん」
そこに、相変わらず派手派手しく着飾ったバルタザールがやって来た。
「ようやく雨が降ったおかげで、薬草園の薬草も収穫できるようになりました。……実は王家から、リリアーヌ姫様の治療の依頼を受けておりましてな。何でも、目を痛められたとか。これまでは薬草の手配もつかぬため体よく断っておりましたが、聖女として挨拶がてら治療に赴くのも、良いかもしれませんな……」
「私、治療なんてできないわよ」
「適当な薬草を煎じて飲ませておけば良いのです。効き目があれば聖女の力、効き目がなければ、信心が足らぬだけのこと。ようは、それらしく振る舞えばいいのです。雨が降った以上、セシル様のお力を疑う者もおりますまい」
「そうね、それなら悪くないわ。では、すぐに支度してちょうだい。とびきり美しくね」
慌ただしく動き出す侍女たち。
「では、共に参りますゆえ、ご準備が整い次第参りましょう」
にやりと笑うバルタザール。聖女の地位を高め、己を売り込むのは、今が好機だと確信していた。
◇◇◇
神殿が慌ただしく動き出している頃、王家には二通の報せが届いていた。
一通はユリウスによるもの。ローレンス領から元聖女候補であるテレサ嬢を連れて王都に戻ったが、休みなく駆け付けたため、暫く休憩を取った後王宮に向かうという報せだった。
そしてもう一方は神殿からによるもの。無事に雨が降ったため、リリアーヌ姫の治療に聖女様が直接来てくださるという報せだった。
二つの報せにほっと胸を撫で下ろす国王と王妃。聖力を持つ二人に協力して貰えれば心強いと感じたため、すぐに双方の準備が出来次第、喜んで迎え入れると返信を送った。
「お、目が覚めたか?」
ぽやんとした顔で起きたテレサの顔を、カールが覗き込む。
「あれ、カールさん?あれ?ここは……」
「神殿の近くの宿屋だ。お前が薬草園で倒れたから、取り敢えずここに運んだんだが」
「はっ!とんでもないご迷惑をおかけしました!もう大丈夫です!すぐに王宮に向かいましょう!」
ベッドから飛び起きて、テキパキ準備を始めるテレサを、カールは心配そうに見つめる。
「なぁ、もう少し休んでからでもいいんだぞ。夜通し駆けてきたんだ。せめて、風呂に入ってからにしないか?」
「あ、ごめんなさい。臭いますか?畑仕事の途中で来ちゃったからな……」
クンクンと自分の臭いを確かめるテレサ。
「いや、そうじゃなく、少しでも疲れを取ってからのほうが良いんじゃないか?」
「あ、それなら大丈夫です!ぐっすり寝たので、すっかり回復しました!」
テレサの言葉にポリポリと頭を掻くカール。
そこに、王宮に報せを届けて来たユリウスが戻ってきた。
「あ、お目覚めですか。倒れるまで無理をさせてしまい、本当に申し訳ない……」
項垂れるユリウスを、キョトンとした目で見つめるテレサ。
「大丈夫ですよ〜いつものことなんです」
「いつも、と言うと……」
「私、聖力が少ないせいで、聖力を使うと疲れて倒れちゃうんです」
「そ、それ、だ、大丈夫なんですか!?」
「えへへへ、だから聖女を失格になっちゃったみたいで」
「そんなっ……」
「あ、でもいいんです。今、領地で楽しく暮らしているので」
「あ、はい……」
聖女失格?そんなわけが無い!と思いつつ、本人が何とも思っていないどころか、むしろ聖女になりたくなさそうという事実に、もどかしい気持ちを抑えきれないユリウスだった。




