25 初恋の天使
◇◇◇
「お嬢様〜〜〜!!!大変でーーーーす!!!」
「アン?どうしたの?」
小麦畑の収穫を手伝っていたテレサは、転びそうな勢いで走ってくるアンの姿に首を傾げた。
「レ、レ、レオン様がっ!王太子殿下に無礼を働いて、手打ちにされそうです!」
「ええ〜?どうしてそんなことに……」
「と、とにかく早くお屋敷に戻ってください!」
「分かったわ。皆、まだ途中なのにごめんなさいね」
「いやいや、天使様がおいでくださっただけで、寿命が延びた気がします」
「ありがとうございます!」
「また来るわね〜」
領民たちに手を振り、パタパタと走りながらローレンス邸に戻るテレサ。
「こ、こっちです!あの方が王太子殿下です!」
テレサは門の前で腕を組み、仁王立ちしているレオンと、四つん這いになって打ちひしがれているユリウスを見て首を傾げる。
「ねぇアン、王太子殿下はどこか悪いのかしら?」
テレサの姿を見て、ギョッとするレオン。
「ね、姉さま、何でここに!」
「アンが呼びに来てくれたのよ。レオンが王太子殿下に無礼を働いてるって」
「アンっ!余計なことを!」
レオンにギッと睨まれて、ヒェッと声を上げるアン。
「もうっ!アンを虐めないでちょうだい。それよりも、殿下、どこか痛むのですか?」
石像のように固まっているユリウスにそっと手を差し出すテレサ。
「姉さま!!!」
怒って詰め寄ろうとするレオンを、アンが必死でとめる。
「止めるな、アン!」
「これ以上は本当に無理ですぅぅぅ!!!」
差し出された手を見て、ユリウスはゆっくりと顔を上げた。
──ボーイミーツガール
「君は……あのときの、天使……」
「天使、ですか?」
キョトンと首を傾げるテレサ。
「君、だったのか……」
幼い頃に出会った、初恋の天使。あの頃と変わらない、キラキラと煌めく金の髪に、アメジストの瞳の天使。その髪はボサボサで、ほっぺたには土が付いているけれど。眩しくてたまらない、本物の天使がそこにいた。
◇◇◇
「殿下?」
ユリウスは、ハッと正気を取り戻す。何を話せばいいのだろう。十年間の不当な扱いに対する謝罪?それとも、昔助けてもらったことの礼が先だろうか。
「何か、ローレンス領に御用ですか?」
「いや、用があるのは君で……あ、いや、聖女様にお願いが……」
「私、聖女じゃありませんけど」
「あ、はい……」
キッパリといい切るテレサにずっしりと心が重くなる。
「ふふん。姉もこう言ってますし、分かったらお引き取り願おう」
勝ち誇ったような顔でふんぞり返るレオン。
「レオンったら。どうして殿下にそんなに意地悪をするの」
「王都に住んでる奴らが、姉さんにどんな仕打ちをしたか忘れたの!?そもそも王族が神殿に何も言わないから、姉さんが酷い目に遭ったんだろう!言わば敵みたいなもんだよ!」
「そんなこと言っても。神殿と王家は別だし、王族の方にあったことはないもの」
「あ、えっと。実は、幼い頃、怪我を治していただいたことがあります。その節は、大変お世話になりました……」
蚊の鳴くような声でボソボソと礼を言うユリウス。ここにきて、すっかり心が折れていた。
「あら、そうでした?……ごめんなさい。覚えてなくて」
「あ、はい。大丈夫です……」
もう、帰ろうかな……
ユリウスがすっかり諦めかけたそのとき、魔物の討伐を終えたカールと隊員たちが戻ってきた。
「……殿下じゃありませんか。どうしてここに?」
「ん、ああ。カール隊長。貴殿こそどうして……第二部隊は確か休暇中では」
「ええ。テレサとは旧知の仲で、ローレンス領で休暇を過ごしてます」
「えっ?ユリウス殿下?」
「王太子殿下がどうしてここに?」
ざわつく隊員たち。
「そう、か。私は……いや、何でもない」
夜通し駆けてきたのだろう。髪は乱れ、服は土埃で汚れている。周りにお付きの侍従たちの姿もなく、王太子殿下がたった一人できた。
カールはユリウスの姿を見て、すぐにただ事ではないと感じていた。
「もしかして、王家に何か、大事がありましたか」




