23 噂の聖女さま
◇◇◇
「あの、その聖女候補であった方の能力はいかほどなのでしょうか……」
王妃は不安気に尋ねた。無理もない。本来聖女の力は痛みを和らげたり、傷の治りを早めたりする程度。
けれど、ここ最近の聖女たちの活躍は目覚しく、神殿や騎士団で重病や重症の患者を治したり、新たな治療法を生み出したりしていると聞く。中には、死の淵から蘇った者までいるとか。
リリアーヌを救うには、そのように能力の高い聖女でなければ意味がないのだ。
しかし、侍医は胸を張って応えた。
「能力については私が保証致します。以前治療院でお見かけしたことがありますが、私どもが匙を投げた難病の女性を、いとも簡単に治療されたのです!薬学の見識も深く、素晴らしい聖女さまになられる御方だと、皆信じていたのですが……」
「しかし、テレサ嬢は突然領地に帰ってしまったと」
国王の言葉に侍医は深い溜息を付く。
「本当に、あのような素晴らしい方が、なぜ聖女にならなかったのか……これは、私の個人的見解ですが、どうもテレサ様は、神殿で不遇な目に遭っていたようです」
「不遇と言うと……」
「……私の口からは……」
「そうか。よく話してくれた。早速ローレンス領に使いを出し、王都へお招きしよう」
国王の言葉にユリウスはハッとする。
「陛下、お待ちください!聖女にならなかったとは言え、聖力を授かった女神の愛し子です。突然王都に来いと言われても、不愉快な思いをなさるのでは。これ以上女神の不興を買わないためにも、せめて私が直接お迎えに上がりたいと思います」
「そうだな。そうしてくれるか?」
「はいっ!もちろんです!早馬を駆って一足先にローレンス領に向かいます。しかし、テレサ嬢を私と一緒の馬に乗せる訳にもまいりません。失礼のないようにお迎えするために、馬車の手配をお願いいたします」
「分かった。王族が乗る馬車の中でも、最も乗り心地のよいものを用意させよう。書簡は魔法便で送っておく。頼んだぞ」
「はっ!」
リリアーヌを救うための一筋の希望に、ユリウスの心は逸った。
(テレサ嬢……どんなお方だろう……)
皆に期待されながらも、聖女にならなかった変わり者の聖女。気難しい令嬢なのかもしれない。リリアーヌの治療に応じてくれるだろうか。いくら王族とは言え、女神の愛し子に対して強要はできない。本人が王都になど行かないと言えばそれまでだ。
それほどまでに、聖女候補や聖女の地位は高い。
けれど、ユリウスは不思議と断られる気がしなかった。幼い頃出会った聖女候補の姿が、思い浮かぶ。
躊躇なく聖力を使い、傷を癒してくれたあのこ。天使だと、本当に思った。無垢な愛で人々を救う地上に降りた天使……ユリウスにとって、聖女や聖女候補は、そのイメージしか無かった。
聖女であるセシル様が動けない以上、テレサ嬢にお縋りするしかない。誠心誠意頼めば、きっと力を貸して下さるはず。
「では、行ってまいります!」
ユリウスは希望を胸に、ローレンス領に向かった。
◇◇◇
「は!?姉さまを王都にお迎えしたい?」
その頃レオンは、国王から届いた直々の書簡を前に、怒りでブチギレていた。
「あいつら!姉さんを子どもの頃から散々こき使っておきながら、お姫様が怪我をしたから王都に来て治療しろなんて……ふざけるな!」
テレサやカールから聖女候補として過ごした日々の話を聞いたレオンは、泣いた。
一人で薬草園の世話をしたり、聖力が尽きるまで、何人もの怪我人や病人の治療をしたり。日々の過酷な勤めにも震えたが、何よりも、雪の積もる凍える馬小屋で毎日寝起きした話や、騎士団の討伐隊に同行したという話に、いつ死んでもおかしくなかったのでは、とさすがに肝が冷えた。
そんな姉に対して「今更どの面下げて戻ってきたんだ」と言わんばかりの態度を取っていた自分を、死ぬほど殴ってやりたかった。
今でもテレサは、
「私にできることは何でもするから、実家に置いてくれると助かるわ」
などと、言う。そして、ちょっと目を離すと、下働きの下女がやる洗濯や掃除を早朝からせっせと一人で始めてしまうのだ。
仮にも貴族令嬢であり、聖女候補であった姉が。もはや身に付いた習慣のようになっているのが恐ろしい。
「取り敢えず、王太子殿下がきたらキッパリと断ってやる!」
テレサには誰よりも幸せになってもらいたい。これからは俺が姉を守る。例え相手が王族であろうとも。レオンは固く心に誓うのだった。




