2 テレサの毎日
◇◇◇
テレサの一日はまだ日の上がらない早朝から始まる。朝、厨房で使うための水を、井戸から汲んでくるのだ。幼いテレサは重たいものを持つことが出来ないため、何度も何度も井戸と厨房を往復しなければならなかった。
ようやく明るくなり始めた頃、今度は共用部分の掃除を始める。ほうきと雑巾、バケツを持って、床がピカピカになるまでしっかり磨かなければならない。少しでも汚れが残っていると、教育係の神官に手の甲を鞭で打たれてしまうから。
他の人がチラホラ起き始めた頃、今度は皆の朝食の準備だ。芋の皮むき、食器洗いなどを黙々とこなしていく。テレサの朝食はなぜか用意されていないため、厨房で残ったご飯をちょっと貰ったら、朝のお勤めが始まる。礼拝堂で、毎日女神にお祈りを捧げるのだ。国を魔獣や災害の被害から守るため、心を込めてお祈りする。
それが終わればいよいよ、慈善活動だ。神殿にやってきた患者さんを治療したり、孤児院や診療所に訪問したり。これは、毎日何人かのグループに別れて行うことになっている。
テレサは今日、神殿にやってきた人の怪我の治療を任されることになった。回復魔法は聖力を持つものにしか使えない特別なものだ。けれど、どの程度回復できるかは人によって違うらしい。また、怪我を全快させるとか、病気を完治させるような万能なものではなく、痛みを少し軽減したり、治りを少し早めたりする程度だとか。それでも、苦しんでいる人にとっては、ありがたいものに違いない。
「お嬢ちゃん、小さいのに聖女様候補なのかい」
「はい!」
「偉いねえ。ほかの聖女様候補を見習って、しっかり頑張るんだよ」
「頑張ります!」
聖力を使うのはとても疲れるので、治療を行うのは聖女候補一人につき一人だけと決まっている。そのため、ほかの聖女候補たちは自分の担当が終わるとすぐに部屋に戻ってしまう。
「今日も駄目だったな……」
「仕方ないな。寄付金を積める貴族様優先さ」
治療の順番は寄付金の多さによって決まるため、貴族か裕福な商人が受けることが多く、実際には、一般市民が治療を受けられることはなかった。
がっかりした様子で帰る人たちを隅っこで見守っていたとき、一人の老婦人がふらりと倒れてしまった。
「大丈夫ですか!?」
「あ、ああ。お嬢ちゃん、ありがとう。もうずっと体調が悪くてね。藁をも縋る思いで、お金をはたいてここに来てみたんだけど……情けないね。もう、ここに来るお金もないよ」
治療を受けられなくても、一度神殿に捧げた寄付金は戻らない。
「あの、私でよかったら、やらせてもらえませんか?」
「お嬢ちゃんが、回復魔法をかけてくれるのかい?でももう、お貴族様を治療したんじゃ……」
「大丈夫です!あと一回くらいなら、多分……」
「ありがとうね。でも、無理はしないでおくれよ」
テレサは老婦人の手をそっと握ると、ゆっくりと聖力を流し込む。すると、真っ青だった老婦人の頬に赤みが差した。
「ああ、なんだか生まれ変わった気分だよ。あんなに辛かった胸の痛みが嘘みたいになくなるなんて……あんた、すごいね」
老婦人は自分の胸を押さえ、目を見開いた。医者からとっくに見放された病だった。痛みを少しでも和らげることができたなら、そう思っていたのに。
「良かったぁ……」
だが、次の瞬間、テレサはパタリと倒れてしまう。
「お嬢ちゃん!お嬢ちゃん!しっかりおし!」
「ごめんなさい……ねむた……」
そして、その場ですやすや〜と眠ってしまった。
呆気に取られる街の人達。
「子どもだもんな」
「朝のお勤めで疲れたんだろうな」
「このまま寝かせといてやろうぜ」
口々に言うと、そのままテレサをクッションのある長椅子の上にそっと寝かせ、礼拝堂を後にする。
「ありがとうね、優しい聖女様」
老婦人は目に涙を浮かべながら、そっと羽織っていたショールをテレサに掛けた。
一時間後、礼拝堂にやってきた神官に叩き起こされたうえ、怒鳴られることになるのだが。




