14 聖女の奇跡
◇◇◇
「お母さま……テレサです。わたし、帰ってきました。やっと、お母さまのところに、帰ってきたんです……」
テレサはイザベルの手を握ると、もう一度静かに呼びかけた。イザベルの手は力無く冷ややかで、まるで生命力が感じられない。テレサの呼びかけにも、答えることは無かった。
イザベルは、ここ最近、浅い眠りと短時間の覚醒を繰り返していた。少しずつ少しずつ、失われていく生命力。目が覚めるたび、死が間近に迫っていることを感じ、静かに受け止めていた。
けれど、可哀想なレオン。可哀想なテレサ。優しいあの子たちは、私がいなくなったらどんなに悲しむだろうか。子どもたちのことを思うと、夫に続いて、こんなにも早く逝ってしまうことを、情けなく思うのだ。だから、せめて、せめてテレサにもう一度会うまでは。その想いだけが、イザベルの消えゆく命を繋ぎ止めていた。
(お母さま。こんなに弱ってしまって。今にも、儚くなってしまいそう。ああ、女神様……どうか、どうか……お母さまを助けて下さい……)
テレサはイザベルの手を握り、女神に祈った。テレサにとって、誰よりも大切な、かけがえのない家族。誰よりも優しいお母さまが、これ以上苦しむなんて、耐えられない。涙がぽたりとイザベルの手に落ちる。
──その瞬間、イザベルは眩い光に包まれた。
──起きなさい。愛しい子。ほら、あなたの愛し子が帰ってきたわ
(遠くから、私を呼ぶ声がする……)
ぴくりとイザベルの瞼が動く。ゆっくりと、ゆっくりと、開いた瞳の先に、愛しい娘の姿が見える。
「──テレサ……あなたなの?本当に……?」
イザベルは、女神のように輝くオーラを纏った成長した娘の姿に、思わず目を細める。
「お母さま!!!」
ワッとそのまま大声で泣き出すテレサ。わんわんと子どものように声を上げて泣くテレサを見て、やはり、このまま愛する子どもたちをおいては逝けない。あらためて生きなきゃと思うイザベルだった。
◇◇◇
それから数日の間。テレサはイザベルから片時も離れずに看病を続けた。弱っていた内臓に溜め込まれた毒素や病の素は消えても、長年の闘病生活で痩せ細ってしまった体を、急激に回復することは出来ない。けれども、少しずつ少しずつ食事の量が増え、ベッドから起き上がれるようになった。
「母さま……起き上がれるようになったんだね!良かった……本当に、良かった……」
ベッドの上で微笑むイザベルの姿を見て、レオンもはらはらと涙を流した。心の何処かで、もう二度とこんな姿は見られないのでは無いかと、諦めていたから。
「ごめんなさい。心配ばかりかけて。悪い母さまね」
「いいんです。母さまが、元気でいてくれたら。それだけで、いいんです……」
イザベルはレオンをぎゅっと抱きしめた。
「女神様にね、呼ばれた気がしたのよ。子どもたちの元に帰りなさいって。ふふ。本当に、二人とも泣き虫ね」
レオンは、二人の様子をそっと見守っていたテレサに、泣きながら頭を下げた。
「姉さま、ありがとう。姉さまが帰ってきてくれて本当に良かった……冷たくして、ごめん……本当は、ずっと会いたかった……」
「レオン……私こそ。今まで、一人で背負わせてごめんね。これからは、私も頑張るから……」
レオンはテレサをぎゅっと抱きしめる。幼い頃のように。
(聖女にならなくて本当に良かったわ。私には、母さまとレオン。家族がいれば十分幸せだもの)
誰よりも女神に愛されている聖女は、ようやくわだかまりの解けた家族の愛に包まれて、幸せそうに微笑んだ。




