1 小さな聖女候補
◇◇◇
「な、なんと!こんなに身体が軽いのは久し振りじゃ……これは、紛れもなく聖なる力……長年神殿に仕えておるが、このような強い聖力を感じたのは初めてじゃ……」
テレサの手を取ると、老神官は目を輝かせた。
今日はローレンス家の七歳になる双子の子どもたち、レオンとテレサの洗礼の日。イザベル・ローレンスは、幼い子どもたちを連れて、わざわざ田舎の領地から王都の大神殿に出向いて来たところだった。
しかしそこで、長年体の不調を感じていた老神官が、テレサの手を握った瞬間、突然体調が回復したと言うのだ。
「聖力ですか?何かの間違いでは……」
あまりに突然のことに、困惑するイザベル。聖力は非常に稀有な能力で、聖力を持つ者は、国中探しても数えるほどしかいないと言われている。なぜか十代の少女に多く見られ、中でも強い聖力を持つ者が、聖女候補となるらしい。
聖女の社会的地位は非常に高く、王族と婚姻を結ぶこともあるため、聖女に選ばれることは貴族令嬢にとって、憧れであり、非常に名誉なことであった。
ローレンス家も貴族の末席に名を連ねてはいるが、男爵だった夫はすでになく、小さな領地からの収入と遺された僅かな遺産で、家族三人が慎ましく暮らしている。突然娘に聖力がある、と言われても、嬉しいどころか戸惑うばかりだった。
「いや、間違いない。素晴らしい資質じゃ。聖女はこの国の宝。きっとこの子は、将来立派な聖女になられるお方でしょうな。すぐに神殿にお迎えしなければ」
老神官は自信たっぷりに宣言するが、イザベルの心は不安に揺れていた。
「待ってください。この子はまだ子どもです。せめて、もう少し大きくなるまで待っていただけませんか?」
だが、イザベルのその言葉に、老神官は不快を顕にする。
「なんと罰当たりな!聖女候補を出し惜しみするとは!恥を知りなさい!」
恫喝されて項垂れるイザベル。テレサはそっと、イザベルの手を握った。
「母様、大丈夫。私、聖女候補?頑張るよ」
ふわりと微笑むテレサ。イザベルは健気に母親を庇おうとしている娘を、ぎゅっと抱きしめる。
「娘のほうが、よほど道理を弁えていると見えるな。全く、こうも信仰心がないとは。嘆かわしいことだ」
なおもブツブツと文句を言う老神官を、レオンはギリッと睨みつける。
「うるさい!母様は姉様を心配しているだけだ!」
老神官はレオンの言葉にますます不機嫌になった。
「なんと生意気な。神官に対する態度もなっていない。これでは、大切な聖女候補を養育する環境が整っているとは言えませんな。やはり、この子は早急に神殿で引き取らせて貰います」
「そんな……テレサ……」
結局イザベルの訴えも虚しく、テレサはその日のうちに、聖女候補として神殿に引き取られることが決まってしまった。
◇◇◇
「これ、やる」
レオンは綺麗な青色の石をテレサに差し出した。光を当てるとキラキラと輝くその石は、領地の川辺りで見付けたレオンの宝物だ。
「いいの?これ、レオンの宝物じゃない」
「そうだよ。だから、絶対無くすなよ」
「うん。無くさない。ありがとう」
テレサは受け取った石を、そっとハンカチに包む。
「テレサ、身体には気をつけるのよ。お手紙書いてね」
「うん。毎日書くよ!」
「約束よ……」
幼い娘との別れに、涙が止まらないイザベル。
こうして、テレサは神殿に連れて行かれたのだが……
◇◇◇
「ほら!今日からここがお前の部屋だ。さっさとこの服に着替えろ」
神殿に着くなり、テレサは使用人用の小さな部屋に連れて行かれ、下女の着るような粗末な服と靴を投げて渡された。
「この服ですか……」
「それが一番下っ端の聖女候補の正装だ。聖女候補は清貧がモットーなんだよ。華美な服装なんてもってのほかだ」
「そうですか……」
テレサはコクリと頷くと、大人しく服を着替えた。イザベルの用意した可愛らしいピンクのドレスを脱ぎ、ネズミ色のくたびれたワンピースを着る。
「よく似合うじゃないか。じゃあ、まずは部屋の掃除だ。終わるまで飯は抜きだからな。そっちにほうきとバケツと雑巾がある。水は外にある井戸の水を使え」
「あ、はい」
「サボるなよ!」
テレサを案内してきた若い神官は、そう言い残すとテレサの荷物を持ってさっさと行ってしまう。
(どうしよう……母様の用意してくれたお洋服とか、お手紙の紙とか、全部取られちゃった……)
テレサはポケットから、そっとハンカチに包んだ石を取り出す。
(これは取られなくて良かった……)
埃まみれの部屋は、日が暮れるまで頑張っても掃除が終わらず、結局その日、テレサは一度もご飯を食べることができなかった。
「お腹空いたなぁ」
小さな窓からすっかり暗くなった空を眺める。狭い部屋にはゴワゴワとした薄い毛布が1枚だけしかなく、テレサは寒さとひもじさに震えながら毛布にくるまった。
こうして、誰にも祝福されることなく、テレサの聖女候補としての生活が始まったのだった。




